プログラムの過程で、薬物検査で陽性反応が出ることもあります。しかし、それだけではプログラムは中止になりません。プログラムを続ける意思が確認されれば、プログラムは続きます。まずいのは、検査に来なかったり、裁判所に出廷しなかったりした場合です。この場合にプログラムから離脱したということで通常の判決手続が再開されます。ドラッグ・コートでは、再使用を、使わなくなるためのプロセスと考えます。本人は、薬物を止めようと頑張ったんだけど、失敗してしまった。この失敗体験は、次のステージに行く一つの登竜門と考えます。裁判官は、「あんなに頑張っていたのに、今回、なんでやっちゃったの?」と聞きます。「友だちに誘われてやりました」。「そうだったのか。それだったら、どうすればいいと思う? その友だちとつき合うのをやめたら?」。「でも、大切な人なんです」。「じゃあ、二人で一緒にやめたら?」。「分かりました。今度話し合ってみます」。そして次回の法廷にその友だちを連れてきて、二人で一緒に止めると約束させたりします。再使用が野放しにされるのではありません。
 
「でも、あなたは今回使っていたんだからペナルティを科します。今日は一日、そこの陪審員席でこれからドラッグ・コートに来る人の話をちゃんと聞いていなさい。あなた方の先輩だから勉強になると思うよ」などと言って、話を聞かせたりもします。プログラムの修了者には、「この人は、今日、6カ月間のプログラムを終えて卒業します。これからは来なくても、一人で薬物を使わずに生活していけますね。頑張ってください」などと言って、賞状や記念のメダルを贈呈します。傍聴席や陪審員席からも「よくやった」と拍手が起こります。「頑張った、頑張った!」と褒めることで報奨を与えるわけです。陪審員席で見ている人には「君も頑張れば、彼と同じように成功者になれるよ」というメッセージが送られるわけです。これら全てがドラッグ・コート裁判官の裁量権限なわけです。

アメリカは厳罰主義から転換


──それは例えば日本の裁判でも、例えば、情状酌量とか執行猶予をつけたりすることと少し似ている面もありますね。

石塚
 一定の場合について、通常の刑事裁判手続から逸らす処分のことダイバージョンといいます。ただ、逸らすだけではいけないので、何らかのプログラムを提供するのが一般です。

 ダイバージョンは、1960~70年代にアメリカの大統領諮問委員会が「自由社会における犯罪への挑戦」という報告書で強く提唱した施策です。当時、民主党の大統領J・F・ケネディは、アメリカ合衆国から、犯罪と貧困を撲滅すると公約していました。彼の暗殺後、それを引き継いだジョンソン大統領も、この施策を推進しました。犯罪者を社会復帰させることで、犯罪を減らしていこうという民主党の政策です。その中でダイバージョン・プログラムというのが注目されていったんですが、80年代に共和党のレーガン政権になってから、これらの施策が批判され、薬物対策にも厳罰主義が採用されます。1980年代半ばには“War on Drug”つまり、「薬物との戦争」が宣言されました。アメリカの刑務所人口は、当時80万人程度だったのですが、2000年には約3倍の240万人近くにまで膨れ上がりました。2009年、オバマ民主党政権は、薬物との戦争の終結宣言を出し、処罰以外の公共政策の充実によって、薬物問題を解決すると宣言しました。