インテリジェンスを重視する英米の特殊部隊


 もちろん「弓」と「矢」だけでは、在外邦人の救出はできない。 救出作戦の大半は、敵の勢力や装備、人質の居場所や道路状況などを含む「現場情報(インテリジェンス)」に左右されるのであり、強靭な特殊部隊が果たす役割は、じつは最後の数パーセント程度にすぎないといっても過言ではない。つまり、特殊部隊と輸送部隊が「弓」と「矢」であるならば、撃ち込む標的の場所の確定や、そのタイミングを決定するインテリジェンス部門は「射手(頭脳)」の役割を果たすということである。

 実際に中東やアフリカの武装集団は、信じられないほどの情報ネットワークと、軍レベルの戦術機動を行ない、またこちらの無線まで傍受して対抗してくるのであり、決して侮れる相手ではない。私も現地で退避訓練を行なう際には、部下たちや経由する各拠点には不定期で変更する暗号名をつけていたが、これは現地経験が豊富な韓国軍元情報部員から「ここらの民兵集団は、われわれの無線を常時傍受しているし、スパイもウロウロしているから気をつけろ」と耳打ちされたからにほかならない。つまり、特殊部隊が出ていく場所は敵の完全な支配下にあり、そこでは現場でしか見えない、さらに一歩踏み込んだ泥くさい情報戦が要求されるのである。

 では、諸外国はこの問題にどう向き合っているのであろうか。米国の場合は、1980年の在イラン米大使館員救出作戦の失敗などもあり、幾多の試行錯誤を経て、陸海空軍および海兵隊の特殊部隊を統合して指揮する特殊作戦軍(SOCOM)を設立したが、その隷下には現場に密着した諜報活動を行なう「情報支援活動隊(通称・アクティビティ)」という独自の諜報部門がある。

 英国も2007年ごろに、海外危険地帯における諜報活動を行なうため、あの「007」も所属する英秘密情報部(SIS)の要員と、世界最強ともいわれる英特殊部隊からの選抜要員らを合体させた「E中隊」という特別任務部隊を設立している。

 このE中隊は、2011年のリビア政変において、同国中部のジラという地の石油関連施設に取り残された20人の英国人を含む150人もの民間人救出の際に活躍した。E中隊はこの救出作戦に先立ち、民間人の服装で武装し、複数国のパスポートをもつ7人の要員(うち1名はSIS要員)をヘリでリビア国内に潜入させた。隊員らは、敵勢力の中にある協力者と秘密の会合をもち、ジラでの安全にある程度メドをつけた上で、特殊舟艇部隊(SBS)の隊員を載せた輸送機を現地に派遣、現地に取り残された駐在員らを見事に全員救出している(『BBC』2012年1月19日)。

SOCOM方式で「弓」「矢」「射手」の統合を


 これらのケースを見るだけでも、諸外国における特殊部隊の運用が、戦闘部隊に諜報部門を合わせた「統合作戦能力」に代わってきていることがわかる。もちろん自衛隊には情報本部という組織もあるが、その大半は公開情報や衛星、電波情報などが中心であり、人的情報(ヒューミント)は質量ともにまだまだ少ないはずだ。そしてそれらの多くは「軍事情報」に限られているであろう。

 しかし、日本企業も出ていく新興国では、気候風土や道路状況、現地人の対日感情や資源ビジネスを含む社会経済環境もさることながら、現地の部族関係や宗教組織、マフィア・民兵集団の権力構造に至るまでの「総合的な現地理解」と、信頼できる地元の協力者(組織)を獲得する「人間力」が必要不可欠になる。つまり、日本政府がもし本気で在外邦人救出を考えているのなら、自衛隊特殊部隊にも独自の総合的な諜報機能を与え、各国の現地事情に精通させるべきなのだ。

 いちばんいいのは、米SOCOMのように、陸海自衛隊に分かれている現在の特殊部隊を統合し、強靭な防弾性能とエンジンをもつヘリや大型輸送機を装備した航空部隊と、海外事情に通じた諜報部門を加えて独立させ、「矢」「弓」「射手」を合体させた「新しい特殊作戦部隊」を創設することだ。その上で、有事の際にこれを柔軟かつ迅速に使用できるよう、総理大臣直轄組織とするといった根本的な「地位の向上」が必要だ。これで初めて、何とか在外邦人を救出しうる基本の体制が整うのではないだろうか。