それでも救えない日本


 『日本、遥かなり』では、2011年2月のリビア動乱の際の邦人救出問題も詳細に描かせてもらった。

 前年暮れに起こったチュニジアでのジャスミン革命が、独裁者カダフィが支配する隣国リビアにも波及。首都トリポリをはじめ、リビア全土が大混乱に陥った。しかし、この時も日本からは邦人救出のための航空機は飛ばなかった。

 邦人は、各国の民間機、軍用機、あるいは軍艦……等々でかろうじてリビアからの脱出を果たしている。

 つまり、この時も、危機一髪の事態で、他国に救出を“委ねて”切り抜けている。それは、いくら政府専用機ができようと、課せられたさまざまな条件のために、他国のように「なにを置いても自国民を救出する」という行動が取り得ない日本の実情が露呈されたことになる。

 そして、残念なことに紆余曲折の末に2015年9月に成立した一連の安全保障関連法(安保法制)でも、その実態は変わらない。

平成25年1月、アルジェリアのテロ事件で犠牲となった日本人の遺体が帰国。関係者が献花し、黙とうを捧げた=羽田空港(大里直也撮影)
平成25年1月、アルジェリアのテロ事件で
犠牲となった日本人の遺体が帰国。関係者
が献花し、黙とうを捧げた=羽田空港
 それは、2014年5月15日、内閣総理大臣の諮問機関である安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)が出した報告書の中の重要部分が安保法制には「採用されていない」からである。

 邦人救出問題について、報告書には、こう書かれていた。

 〈国際法上、在外自国民の保護・救出は、領域国の同意がある場合には、領域国の同意に基づく活動として許容される。(略)なお、領域国の同意がない場合にも、在外自国民の保護・救出は、国際法上、所在地国が外国人に対する侵害を排除する意思又は能力を持たず、かつ当該外国人の身体、生命に対する重大かつ急迫な侵害があり、ほかに救済の手段がない場合には、自衛権の行使として許容される場合がある〉

 そして、報告書は、「国家の責務」という言葉まで用いて、こう提言している。

 〈多くの日本人が海外で活躍し、2013年1月のアルジェリアでのテロ事件のような事態が生じる可能性がある中で、憲法が在外自国民の生命、身体、財産等の保護を制限していると解することは適切でなく、国際法上許容される範囲の在外自国民の保護・救出を可能とすべきである。国民の生命・身体を保護することは国家の責務でもある〉

 この提言の一部は、安保法制によって実現した。自衛隊法の改正によって、<在外邦人等の保護措置>という項目が新設され(第八十四条の三)、在外邦人がなんらかの危機に陥った時、これまでの「輸送」だけでなく、「救出・保護」を自衛隊が行えるようになったのだ。

 防衛大臣は、外国における緊急事態に際して生命又は身体に危害が加えられるおそれがある邦人の〈警護、救出その他の当該邦人の生命又は身体の保護のための措置〉を内閣総理大臣の承認を得て、これを行わせることが可能になったのである。

 しかし、その要件として、領域国が公共の安全と秩序を「維持」しており、領域国の「同意」があり、さらには領域国の関連当局との「連携・協力」の確保が見込まれる場合にのみ、自衛隊は、在外邦人の「救出・保護」を行える、とした。

 これは、逆にいえば、この三要件が満たされなければ、自衛隊は在外邦人の「救出・保護」にはあたれないという意味である。

 つまり、「邦人救出」には、いまだに、手枷足枷が嵌められており、そのため、自衛隊は海外で窮地に陥った在留邦人を救い出すことは極めて難しいのである。安全の確保を絶対条件とする「邦人輸送」に続き、国会審議と反対勢力への配慮から、懸案の在外邦人救出問題は解決を「阻止」されたのである。