「大きな犠牲が必要」


 私は『日本、遥かなり』の取材の過程で、かつて駐ペルー特命全権大使を務めた青木盛久氏(76)に話を伺った。

 青木氏は、1996年にペルー日本大使館公邸占拠事件に遭遇し、ペルー政府の要人やペルーで活動する日本企業の駐在員らと共に127日間もの人質生活を体験している。

 青木氏は、のちにケニア大使も務め、外務省での外交官生活は40年近くに及んだ。その間、多くの紛争や事件に遭遇しており、邦人救出問題にも詳しい。その青木氏に邦人救出問題について、意見を求めたのだ。

 「国として邦人救出のために法整備を行い、そのためにさまざまな選択肢を持つことについては賛成しますが、これは、五年や十年でできる話じゃありません」

 青木氏はそう語った上で、こんな意見を披瀝した。

 「そういうものを選択肢として持っていない国は、主要国としては日本だけでしょう。しかし、ほかの国と同じように、自国民を救出できるような法案は、また“戦争法案”と言われてしまいます。要は、国民の意識が変わらないと、とても無理でしょうね」

 これを実現するためには、「大きな犠牲」が必要だと、青木氏は指摘する。

 「日本は、“大きな犠牲”が生まれるまでは、そういう選択肢をたぶん持たないだろうと思うんですね。つまり、その選択肢を持っていなかったために、多くの邦人が海外で命を失うことにならなければ、国民の意識は変わらないと思います。残念ですが、日本人の意識が変わるには、それが必要なのでしょうね」

 在留邦人の生命を救うという「究極の自衛」を阻止しようとする人々と、そのことによって生まれるに違いない犠牲者-私は、憲法が存在している「真の意味」さえ理解できない人々の罪の大きさを、どうしても考えてしまうのである。

かどた・りゅうしょう 昭和33(1958)年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。ノンフィクション作家。『なぜ君は絶望と闘えたのか』(新潮文庫)、『太平洋戦争 最後の証言』(角川文庫)、『死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)など著書多数。『この命、義に捧ぐ台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で山本七平賞受賞。