私は、マスメディアがあまり報じない、もうひとつの側面からなでしこジャパンの課題を指摘したい。

澤穂希(左)と話す岩渕真奈=カナダ・エドモントン=2015年6月 撮影・岡田亮二
澤穂希(左)と話す岩渕真奈=カナダ・エドモントン=2015年6月 撮影・岡田亮二
 岩渕真奈は、2011年のW杯ドイツ大会の前、「今回は岩渕の大会になるだろう」との声があったほど評価と期待が高かった。当時まだ17歳の女子高生。女メッシと呼ばれたドリブルの鋭さは、2010年のU-20 W杯で世界の賞賛を浴びた。チームは予選で敗退したが、大会MVP候補10人のひとりに選ばれたことが衝撃の高さを物語っている。“リトルマナ”は、世界の女子サッカー関係者やファンの多くが知る存在となった。

 A代表に選ばれて2試合目の中国戦で早くも得点を決めるなど、岩渕真奈の勢いは素晴らしく、順風満帆なサッカー人生に見えた。すぐにでも先輩・澤の後継者になりうると多くの人たちが期待をふくらませた。ところが、ドイツ大会は、「なでしこジャパンの大会」にはなったが、岩渕は精細を欠き、なでしこフィーバーの輪の中にさえいないような感じだった。私は当時、『武蔵野スポーツ新聞』という、武蔵野市を中心とする地域新聞を主宰し発行していた。

 岩渕真奈は中学時代からその新聞で最も注目に値する地域のヒロインだった。当然、編集部でインタビューもさせてもらっている。岩渕真奈が幼いころ、やはりサッカー選手であるお兄ちゃんとサッカーボールを蹴って遊んだ公園は、私の自宅のすぐ近く。私が息子とキャッチボールをしていた思い出深い公園だから、身近な縁を感じ、岩渕真奈に肉親のような思いを寄せてドイツW杯を見ていた。その目には、なんとも岩渕の表情は物哀しく、優勝の喜びと似つかわない翳りを感じさせた。大会中に岩渕真奈がどんな葛藤、どんな切なさと直面していたのか。気になった。

 岩渕自身、そのことを詳しく語っていない。インターネットを検索すれば、ファンの推測にすぎないけれど、チーム内で精神的なストレスがあったことを感じさせる書き込みがすぐに見つかる。女子のスポーツの集団には、男子の先輩後輩関係とはまた別の難しさがあるとしばしば聞かされる。金メダルを取るほどの最高レベルのチームで、才能をつぶすような低次元な行為があったと思いたくないが、クリクリと輝いていた岩渕真奈の眼差しに翳りが宿っていたのは事実だ。

 なでしこ敗退の要因のひとつに、「世代交代の遅れ」「澤の後継者の不在」が挙げられている。五輪やW杯を区切りに、4年ごとにチームを一新する流れからすれば、澤中心の時代は2011年で終焉を迎えていた。すでにあのとき、澤はピークを過ぎたと言われ、チームは澤中心からの脱却を図っていた。だからあと4年引っ張って2015年W杯を宮間、大儀見中心に戦ったとしても、2019年のW杯を見据えた2016年のなでしこジャパンはもはや「ポスト宮間、ポスト大儀見」を立てて戦うのが当然の流れだったろう。実績を残したベテランたちがなでしこジャパンの一員であり続けることに異論はない。だが、中心は次の世代に譲る、新しい中核を育てる方針を採るのが自然ではなかったか。

 それが、なぜできなかったのか?

 負けるといろいろな現実が報じられる。澤不在の穴は、「プレーよりもチームをまとめる上で大きかった」との報道が多い。宮間、大儀見、大野らの世代と、彼女たちより若い世代の溝が大きく、「その間に入ってチームの潤滑油になれるのは澤しかいなかった」と。なでしこたちは、金メダル、銀メダルという栄光を手にし、日本に栄誉と感動をもたらした。だが、その内側で、もっと大事なことをおろそかにしていたとすれば、その波紋はまた大きい。

 2011年のドイツW杯優勝で得たものは大きかった。だが、失ったものも一方で大きかった……。それが形になって表れたのが今回の予選だとすれば、監督交代や戦術分析、選手選考にとどまらない、もっと本質的な課題があるということだ。協会内部ではそのような課題を明らかにし、今後の指導、運営に厳しく生かしてもらいたいと願う。そうでなければ、女子サッカーという競技そのものが、スポーツの悪しき側面を残し、全国に暗い影を広げる温床になりかねない。