「左右」を超えて


 かつて舛添氏が代表的なタカ派論者であったことを知る人が、少なくなっている中で、「嫌韓」に絡めた舛添氏批判が沸き起こることは、時代の変化を感じさせる。

 かつての右派が左翼や売国奴と罵られる世界は、時代の趨勢を感じさせるに十分であるが、致し方ない側面もある。舛添氏は押しも押されぬ東京都民の長なのだから、都民第一の姿勢を明確にして欲しい、というのが有権者の皮膚感覚だろう。

 「嫌韓」を超えて、時代的変化を超えて、舛添氏が右であろうと左であろうと、そんなことを抜きにして、「都民の財産は都民の益に」という考え方は当たり前のことだ。その批判を受けるに、舛添氏は十分であると思う。ぜひ、この問題に関する知事の再考をお願いしたい。

 ちなみに筆者は千葉県民であるが、千葉市や船橋市や市川市や松戸市の県有地がインドやトルコや台湾に有償であれ貸し出されるというなら、やはり反発してしまう。それは森田健作氏が売国奴であるからではなく、県民利益を第一優先していないと感じるからである。私達の土地は、やはりまず第一に私達が使う権利がある。それは時代がどうであろうと、思想がどうであろうと、全く変わらない普遍の原則だ。