しかし、他のすべての方がそれでよいわけではない。2004年以降、東大・京大を始めとする国公立大学から、有力私立大学への人材流出が顕著に起こっている。その大きな理由が、待遇の格差であると考えられる。最も優秀な学生が集まり、教育環境が良いと考えられる大学から、そうでない大学への流出にも歯止めがかからない。とりわけ、研究・教育のために特別の設備を必要としない専門分野では、流出が起こりやすいといえる。

京都大学

 2000年代以降、政府支出の削減の波が教育・研究機関にも押し寄せ、国立大学は2004年4月に国から切り離されて「国立大学法人」となった。それまで文部科学省に所属する国家公務員であった教職員は公務員の身分を剥奪され、民間の労働者になった。従来、国の一部として国の資金で運営されていた国立大学は、私大に近い形態で経営が行われることになり、私大がおおむね規模に応じて政府から交付を受けている「私学助成金」と類似する形で、「運営費交付金」という資金を受けることになった。

 現在、私の所属する京都大学では、収入に占めるこの「運営費交付金」の割合は約3割にまで低下している。これは、かつての有力私大における「私学助成金」の割合とほぼ同等である。「国立」大学とは名ばかりで、実際には教職員は公務員ではないし、経営も民間型に変えられてきているのである。しかも、私大でも私学助成金は削減されている。全国の公立大学も国立大学と同様の経過をたどったところが多いが、特定の専門分野の大学を除き、国立大よりもはるかに苦しい経営を強いられている。

 毎年、各社が報道しているとおり、OECDの資料によれば、日本の教育への公的支出割合は加盟国中最下位である。将来の産業競争力を生み出し支える基盤となる教育がこの状態で、国益は維持できるのか。

 毎年大幅な資金切下げを受け続けている国公立大学では、いわゆる競争的資金を外部から獲得するための事務量が膨大になり、授業料もおよそ「国公立」と呼べる金額ではなくなっている。私の所属する法科大学院では、入学料が282,000円で、授業料が年間804,000円。授業料免除や奨学金の制度は十分でなく、これでは優秀だが裕福でない学生が法律家を目指さなくなる。教員の給与以前に、高額の授業料を何とかする必要がある。