もう1つ教員の給与以前の深刻な問題として、職員の使い捨てと待遇がある。2004年以降、常勤職員は大幅に削減され、従来職員が担当していた作業を教員がするようになり、非常勤職員や派遣職員が重大な職務を任されるようになった。現在、京都大学では、事務職員の大多数がこれらの人々によって占められている。

 そして、非常勤の時間雇用職員においては、経験を積んで高い業務能力を備えた人材が次々に5年で雇用を打ち切られる「5年雇止め」の対象となり、新規の契約では交通費がカットされ時間給にも反映されないという問題が起きている。しかもこれらの方々の多くは、そもそもの年収が200万円台に抑えられている。教員の賃上げどころの話ではない。私は京都大学職員組合の役員をしており、組合が大学法人に対する団体交渉において、こうした方々の雇用継続や、極端な低賃金の是正を優先課題にしていることはいうまでもない。

このままでは国益が維持できない


 そもそも、雇用が確保できるかどうかのところで、労働組合は日々尽力しているのであるが、それと同時に、教員の流出も深刻な問題となっている。私と同世代の他分野の京大教員の中には、アメリカで成功を収めたのにもかかわらず京大に来られたという奇特な方々もおられる。しかし、そのような方のみに頼っていたのでは、教育・研究水準の維持は困難である。

 一般論として紹介すれば、私大のほうが授業コマ数の負担は多いであろう。しかし、京大教員は政府の仕事や留学生の受入れも比較的多い。よく、教員1人あたりの学生数が少ないと指摘されるものの、法学に限っていえば、京大生の定期試験の答案の分量は他大学学生の数倍あり、採点などの指導が必ずしも楽だというわけではない。授業のコマ数負担の相違を考慮に入れても、有力私大との比較では、京大教授の給与は数割低いという評価になろう。

 現在のように教員の流出が続くと、東大・京大では60代前半の有力教授がいなくなってしまい、研究者として円熟期にある人々が後進を育成できなくなる。トップレベルの教授が私大に分散してしまった後は、最高水準の学生は国外に流出するのではないだろうか。これで、国益が維持できるといえるのか。