ところが現在、政府の大学政策は、トップダウン以外認めないとする方向に急速に進んでいる。富山新聞によると、馳浩文部科学大臣は2016年1月10日に同紙本社で、「学長や学部長、病院長などを決める際」の組織内の「意向投票」について、「そんなことをやっている大学を高く評価することはできない」とし、運営費交付金の「配分に関しては厳しく評価する」と述べたという。そして、研究資金の支出については、軍事研究以外には金を出さないというに等しい方針が露骨に示されている。

 一部の政治家やその周辺の人々が限られた知識・能力だけで決めた方針で全体を動かそうとすれば、計画経済が失敗したのと同様に、すべからく学術研究や教育の水準も失われる。それが国益にかなっているのだろうか。人材はますます流出するだろう。2000年代に入ってからは、欧米のみでなく、中国などのアジア諸国でも、国家予算を投じて優秀な人材を国内外から集める政策が展開されてきているというのに。世界は共産主義社会ではないという現実を見る必要がある。


復興財源のための賃下げというウソ


 一部のインターネット記事が誤解を招くような形でとり上げているが、今回話題になった2013年の私の給与明細は、給与の引上げを求めて公開されたものではない。それが出てきた経緯は、私や他の京大職員組合員が大学法人を相手どって提起した、未払い賃金請求訴訟の過程である。

 2011年の東日本大震災の後、政府は復興財源の確保という名目で、国家公務員の大幅賃下げを法律によって強行した。最大1割近い賃金カットが、被災地の被災者である公務員に対しても情け容赦なく行われた。これ自体がすでに疑念を抱かせる。「公務員叩きをしておけば、世論の人気が取れる」との浅はかな計算であったと見られてもしかたがない。

 その後、政府は、国から資金が提供されている団体のうちの一部にも、同様の賃下げを行わせるべく、はたらきかけを始めた。ここで、独立行政法人と、国立大学法人はターゲットになったが、私学の学校法人はターゲットにならなかった。理由は不明だが、「独立行政法人・国立大学法人の教職員はまだ公務員だと誤解されているから、公務員バッシングの対象にしておけば、世論の人気が取れる」と考えたものと疑われてもしかたがない。ともかく、東北大や福島大、筑波大、高エネルギー加速器研究機構といった被災地の法人でも、被災者である教職員の賃下げが強行された。