だが、これは法的には意味不明な現象であった。法律上、国には大学法人の給与を決める権限がないからである。現実に起きたのは、国が、各法人に交付する運営費交付金をカットしたということであった。そうすると、収入に占める運営費交付金の割合が高い法人では、「ない袖は振れない」状態となり、賃下げを迫られることになってしまった。

 しかし、京都大学はそうではなかった。大学の規模を生かして多額の外部資金を獲得し、預金などの資産を潤沢に蓄積していたからである。それなら、そこから復興財源を提供すればよいので、賃下げの必要はない、と私たち労働組合は団体交渉の場で何度も法人に対して主張した。だが、法人は結局、復興財源を「賃金カットによって」捻出することに固執し、これを強行した。組合の奮闘によって、賃金削減率は国家公務員よりも低くなったものの、最終的な賃下げ率は何と、国家公務員の賃下げ率に京大の運営費交付金依存率を掛け合わせたよりも「高い」率になってしまった。いわば「便乗賃下げ」が行われたのである。

 100名を超える組合員らが、未払い賃金を求めて京都地裁に提訴したが、2015年5月7日に請求が棄却され、現在、裁判は大阪高裁の控訴審判決を待っている状態である。この裁判の過程で私が給与明細を公開した理由は、「本来、法律が、私大に近い給与水準を求めているのに、それが実現されておらず、ただでさえ格差があるのに、それに加えて、私大で求められていない賃下げを強行することは、なおさら法の考え方に反する」と主張するためであった。

 裁判の過程で、次の恐るべき事実が明らかになった。第1に、2013年10月31日に会計検査院が公表した報告書は、2012年度に被災地と直接関係のない事業に振り向けられていた国の予算額が、復興特別会計のうち約3000億円、また復興予算で造成された基金のうち1兆円以上にも上っていたことを明らかにした。被災地向けであった予算で未執行となった分を含めれば、復興に使われなかった額はさらに膨らむ。つまり、独立行政法人や国立大学法人どころか、国家公務員における賃下げも、被災地の復興のためには無用であった。