被災者はどう思ったのか



 ふたりの発言から、強く感じたのは、被災者はどう思ったのか、という視点が欠落した発言だということだ。米軍や政府が地震という機会を利用して、オスプレイへの恐怖感をなくすために画策しているという批判は、オスプレイ批判のためなら、被災者の気持ちは考慮しない、全ての言動はオスプレイ批判に行き着くという教条主義者の批判としか思えない。実際にオスプレイは必要な物資を被災者に届けているのだ。本当にオスプレイが被災者を不安がらせているのか、甚だ疑問である。

 実際に、被災者が、オスプレイの派遣に対して、どのように感じているのかを確認することが重要だろう。

 『毎日新聞』が実際の被災者の声を掲載しているので紹介したい。

 「カロリーが少ないためか自宅の後片付けも力が出ない。素直にありがたい」(36歳、男性)
被災者に炊き出しなどの案内をする女性たち=4月16日午前11時1分、熊本県益城町
被災者に炊き出しなどの案内をする女性たち
=4月16日午前11時1分、熊本県益城町

 実際に被災者の方が、必要としている物資を届けた場合、オスプレイで来たか、否かが重要なのではなく、物資が届くか、否かが大事ということだろう。必要な物資の輸送を依頼したが、米軍が来てくれなかったというなら、被災者から非難の声があがるだろうが、とにかく物資が不足している状況では、誰が、どのような道具で運んだかということに関心を払う余裕がないというのが実際のところだろう。

 また、オスプレイの派遣に対する批判の声も『毎日新聞』は掲載しているので紹介しておきたい。。

「被災者の方々はおにぎり一つでもありがたいと思う状況。政府は(オスプレイの国内配備のために)どんな状況でも利用するのか」(64歳、女性)

 この方はオスプレイの佐賀空港配備に反対している主婦の方のようだが、批判が批判になっていない。

 「被災者の方々はおにぎり一つでもありがたいと思う状況」において、米軍がオスプレイで物資を輸送しているのだから、被災者はやはり「ありがたいと思う」だろう。被災者が「ありがたい」ということを実施して非難されるべきではない。災害時に重要なのは、何よりも被災者の人命救助であり、様々な物資を被災者に届けることだ。

 オスプレイの国内配置に反対するのは構わないが、実際にオスプレイが被災者に必要な物資を輸送している事実を、まるで、政府と米軍による陰謀であるかのように語るのは誤っている。少なくとも、こうした物資を受け取った人の多く-全てではないだろう-は、誰が、どのような手段で必要な物資を届けたかに無関心だろう。オスプレイの派遣に反対する人よりも、必要な物資を手に入れ、安堵する人々のほうが多いはずだ。

  一人の日本国民として、被災者に必要物資を届けてくれた米軍に感謝したい。