さて、川内原子力発電所は、次のような大きさの揺れ以下で自動停止するようになっている。

【川内原子力発電所の原子炉自動停止の設定値】

水平方向 160ガル以下

鉛直方向  80ガル以下

 これらの地震動は、原子炉建屋に隣接する補助建屋の最下階(-21.0m)で観測されるようになっている。つまり、未だに遠く離れた熊本で発生している程度の地震動では、原子炉自動停止はしない仕組みになっている。自動停止する必要がないのである。

九州地方で発生した地震を受け、被災者救援のための募金を呼び掛ける共産党の志位和夫委員長(中央)ら=4月17日午前、東京・新宿(酒井充撮影)
 市民のなかには『あの人身事故ゼロを誇る新幹線でさえ、今次の地震では九州新幹線が脱線したではないか』と声を荒げるものもいる。しかし、新幹線と原発はこの場合比較対象にはならない。新幹線の線路は盛土や高架橋の上に設置されている。一方、原子炉建屋など安全確保上重要な建物や機器は、いずれも「岩(がん)づけ」されている。硬くてビクともしない岩盤の上に直付けされているのである。岩盤に直付けし耐震補強されているので、いわば岩盤と一体化している。東日本大震災の際、大地震の影響を受けて宮城県にある女川原子力発電所は、岩盤とともに1メートル地盤沈下した。そして、原子炉やそれに関連する安全上重要度の高い施設や機器は、無事を保ったのである。また、平均海水面から14.8メートルの高台に設置されていたので、女川原子力発電所への津波による浸水の影響は炉心や使用済み燃料貯蔵プールを脅かすものにはならなかった。 

  丸川大臣の発信と同じ16日、日本共産党は、「新幹線や高速道路も不通で、仮に原発事故が起きた場合に避難に重大な支障が生じる」として、予防的に川内原発を止めて、国民や住民の不安にこたえるべきだと政府に申し入れたとされる。

 これは物理学者・不破哲三がかつて書記局長を務めた頃以来、科学的思考を標榜する日本共産党にしては、一体どうしたことかと言いたくなる。科学的かつ論理的判断に基づけば、川内原発を止めることを政府に申し入れるとは、愚の骨頂である。加えて、東日本大震災の折、女川原子力発電所の近隣住民300名以上が、発電所敷地内の体育館に避難したという事実ももうお忘れなのであろうか。なお、女川原子力発電所が3・11時に受けた最大地震加速度は、1号機で540ガル、2号機で607ガル、3号機は573ガルであった。それぞれ耐震設計上想定していた地震動は、532ガル、594ガル、512ガルである。当時であっても、設計上想定した値を超えても建物が揺れに耐える〝余裕〟を持っていたことがわかる。そして、3・11後に成った新しい規制体制のもとの新しい規制基準下では、耐震上の規制要求はよりいっそう厳しいものになっている。そのことを忘れないようにしておきたい。

 最後に耐震上の規制要求がより一層厳しくなったがために起こってしまった可笑しなお話でこの論を締めくくりたい。

 川内原子力発電所では、福島第一原子力発電所の事例に倣って新たに免震重要棟が3・11後に建造されていた。それは緊急時の各種対策を実行するためであったことは言うまでもない。しかし、その後勃発した『震源を特定せず策定する地震動』をめぐって、事業者である九州電力と規制当局の県会が擦り合わなかった。その結果、事業者が規制当局に歩み寄って決められた地震動が620ガルである。事業者がそもそも手の内に持っていた540ガルを620ガルに引き上げざるをえなくなったのである。

 ちょうどその頃、同じ問題をめぐって関西電力は大飯原発の基準地震動に関して規制当局と戦う姿勢を見せたが、当局の強権のもと最終的に返り討ちにあうような形になった。規制当局が突っぱねれば、いかに論を重ねようとも事業者には分がない。そのことを横目で見ていた九電は、規制当局の暗黙の意向を忖度せざるをえなかったのではないだろうか。ところが、この620ガルの地震動を先の免震重要棟に適用し、耐震計算を行ったところ、重要棟から岩盤まで打ち込んでいる支柱にひび割れのような損傷が生じる可能性が完全には否定できない結果となった。そうすれば、もう事業者には緊急時対策用の建屋は炉心建屋同様に岩づけして、免震ではなく、耐震補強するしか道は残されていないのである。

 震源を特定せず策定する地震動の震源深さの議論は奇妙である。事業者がそれなりの根拠を持って示した深さに対し、規制当局はさらに1キロメートルくらい浅いはずだと言い始めるのである。

 福島第一原子力発電所には、震災後何度も足を運んだ。その度に免震重要棟に入るが、未だ健全そのものである。世の中の建造物の地震への備えは、耐震構造から免震構造に向かっている。新規制基準のもとでの原子力規制は、世の中の一般的な趨勢に逆行しているかに見えるのである。

 『川内原発を止めて欲しい』という世の中の情緒的な感情、そして共産党が示し続ける非合理性———これらは、東日本大震災以来継続しているようにも思える。それに対して、政府と規制当局はオーソリティーを維持しつつ、合理性と科学的根拠に基づいた対応を示し続けて欲しいと願うばかりである。

 政府と規制当局にとっては、今大きな試金石が訪れている。