日米同盟に関して言えば、確かに、ベトナム戦争や冷戦の終結後、その「漂流」が危惧された時期はあったものの、全面的な米軍撤退が米側から示唆されたことはない。
 戦後日本は米国の「核の傘」に入ることで、防衛費を低く抑えたまま「平和国家」として歩み、経済成長や社会発展に注力することが出来た。

 米国にとっても、民主主義国家であり、経済・技術大国であり、一億人以上の人口規模を有する先進国である日本との同盟関係は重要だ。世界の成長センターでありながら、地政学的緊張の続くアジア太平洋地域における平和と安定の「礎石」であるとの認識は、民主党・共和党の垣根を超え、広く共有されている。

 ましてや、ロシアや中国、北朝鮮が核を保有したまま米軍が撤退すれば、日韓の一部から核保有論が上がっても不思議ではない。東アジアにおける核競争や紛争が米国の国益を損ねることは自明だ。 経済コストや軍事リスクが格段に高まるだけではなく、リベラルな国際秩序そのものが崩壊しかねないからだ。ひいては中東情勢にも影響を与えかねない。トランプ氏はISに対して核兵器使用の可能性を排除しない考えを示しているが、外交・安保政策のプロにとって同氏のこうした世界観はまさに「悪夢」であろう。

 トランプ氏は「ワシントン」、すなわちプロの政治家(とその周辺)を仮想敵とすることで有権者の人気を博しているが、外交のプロすらも仮想敵としているのだろうか。

支持層に向けた選挙用の発言?


 もっとも、選挙中のこうした発言は若干差し引いて考える必要があるのも確かだ。

 以前述べたように、「トランプ旋風」は米国におけるミドルクラスの先細りと密接に絡んだ現象である。ミドルクラスの縮小は、元来、国内的には排他主義的傾向、対外的には孤立主義的傾向と結びつきやすい。

トランプ氏とメラニア夫人=2016年2月14日
トランプ氏とメラニア夫人=2016年2月14日 
 現に、トランプ氏は「米国はとても強く豊かな国だったが、今は貧しい国だ。債務超過国だ」としたうえで「多額の費用をかけて米軍のプレゼンスを維持するのは割に合わない」と述べ、国内の再建を優先する姿勢を繰り返し強調している。

 とりわけ、同氏の中核的な支持基盤である「プア・ホワイト」(白人の労働者層・貧困層)に対して、TPP(自由貿易)から在外米軍まで、すべて理不尽であり、彼らがその割りを食わされていると説くことはアピール材料になる。

 トランプ氏は3月21日に国家安全保障に関するアドバイザー5人を発表したが、いずれも知名度は低い。共和党のジェフ・セッションズ上院議員(アラバマ州選出)が責任者に指名されているが、同氏は「外交通」というより「反不法移民の急先鋒」として知られる人物だ。メキシコとの国境に巨大な壁を設けることこそ国家安全保障の要であり、かつ有権者ウケするという読みなのだろうか。

ビジネス的ブラフ? 軌道修正も?


 今後、アドバイザーが拡充され、同盟政策や東アジアの専門家が加われば、より現実的な姿勢に転ずる可能性はある。

 また、仮に正式に共和党の候補者に指名された場合、本選では元国務長官である民主党のヒラリー・クリントン氏と論戦を交える公算が高い。その準備過程を通して軌道修正する可能性もある。幸い、これまでの履歴を見ていると、トランプ氏は自らの立場を改めることを「変節」ではなく「進化」だとして前向きに捉える傾向があるようだ。

 さらに言えば、ビジネスの世界のタフな交渉に長けたトランプ氏にとって、「米軍撤退」や「核保有容認」を持ち出すことは、駐留経費負担釣り上げのための日韓に対するブラフ なのかもしれない。

 ただ……このように差し引いて考えること自体、希望的観測に過ぎるのかもしれないし、そこにトランプ氏の、真意の読めない、先の読めない不気味さと危うさがある。

わたなべ・やすし 1967年生まれ。1997年ハーバード大学より博士号(社会人類学)取得、2005年より現職。主著に『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、『アメリカのジレンマ』(NHK出版)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)など