サイボーグについて


 私の以上の議論が正しいとすれば、私たちは、AI技術の開発を止めることはできない。たとえそれが人間を凌駕することになろうとも、である。そうだとすれば、AIに凌駕されるままになるのを、言いかえればAIの「暴走」を甘受すべきなのであろうか?一部の議論にあるように、人類はAIによって滅ぼされるのであろうか?それを望まないとすれば、私たちはどうすればよいのだろうか?

 突拍子もなく聞こえるかもしれないし、SFの読みすぎと批判されるかもしれないが、私の答えは、AIと融合することである。これから説明する意味におけるサイボーグ化である。

 ここで言うサイボーグとは、アメリカの思想家ダナ・ハラウェイが一九八〇年代に提唱した概念を出発点にする考え方だ。ハラウェイは、サイボーグを「機械と生体のハイブリッド」[7]と定義している。図式的に書けば、人間/動物/機械といった従来、区別、否、峻別されていると思われてきた境界が曖昧化することである。人間と機械の間の境界の曖昧化については、現在の先端技術の例で言えば、ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)技術を挙げることができる。手短に言うために物理的な現象面だけにとどめるが、BMI技術には、コンピュータを脳にダイレクトに接続させる方式があり、これによってBMI搭載者は、頭のなかで考えただけで、たとえばコンピュータ経由でロボットの手足などを動かすことができる。ラボではすでに人間をも対象としていくつかの実験に成功している。このように、人間の脳とコンピュータという機械をダイレクトに接続することは、人間と機械の境界線の曖昧化であり、サイボーグ化なのである。また、人間と動物の境界については、両者の間で遺伝子が、少なくとも理論上は組み換え可能であることを考えてみれば納得できるであろう。ただし、今回はAI技術がテーマなので、ここでは人間と機械の間の曖昧化に議論を限定したい。
 さて、人間を凌駕する可能性を持ったハイパーAIといったものを問題にする場合には、人間と機械の間の地位の逆転が問題になる。したがって、上の図式を使って表現すれば、人間/機械は、機械/人間へと逆転されるのである。(A/Bの図式は、上下関係も表すものとする。つまり、上/下である。)それゆえ、ハイパーAI問題については、図式のこうした逆転を考慮しつつ、人間と機械の融合を考えるという形でサイボーグ化を構想する必要がある、と整理できるであろう。