さて、ここでサイボーグ実験の歴史を簡単に振り返ってみよう。最初のサイボーグ実験と言われているのは、NASAがネズミを対象としておこなった実験であり、その目的は人間が宇宙で生存するための方途を探るものであった。つまり、サイボーグには、能力を増強させることという目論見が初めから絡みこんでいる。

 次に、イギリス・レディング大学のサイバネティクス研究者ケヴィン・ウォーリックは、二〇〇〇年頃に、みずからプロトタイプと名づけるサイボーグ化実験をおこなった。これは、自分の腕にコンピュータ接続のための端末をインプラントして、コンピュータと接続する実験であったが、こうしたサイボーグ実験へと彼を駆り立てた動機は、「機械は、さまざまな知性〔活動〕をおこなうことができるが、それは、人間のさまざまな知性を凌駕することになる」[8]であろう、という事態に対処するためであった。そのためには、「技術の援助によって自分自身を変え、自分の人間の形態をアップグレードする能力」[9]が必要だというのである。

 機械と人間の融合としてのサイボーグの現況で特筆すべき具体例としては、現在では、上でも言及したBMIが挙げられる。また、バイオテクノロジー分野であれば、世間ではサイボーグという言い方はしないであろうが、iPS細胞を挙げることができるであろう。現場の研究者たちは批判するであろうが、必要に応じてiPS細胞の遺伝子組換をする場面を想像してほしい。たとえば、特定に疾病を遺伝子レベルで予防するために、ヒト由来ではない遺伝子が有効であったとしよう。となれば、ヒト由来のiPS細胞に、ヒト由来ではないそうした遺伝子を組み込むことも充分想像できるであろう。そうなれば、ハラウェイが言っていたように、人間/動物の間の区別は曖昧化され、サイボーグ化が遂行されるであろう。

 上の諸例から見て取れるように、サイボーグ化には、人間の能力を超える存在を生み出す可能性が絡み込んでいる。これはサイボーグ論の領域で「能力増強(エンハンスメント)」と呼ばれている。たとえば「デザイナー・ベビー」と呼ばれるプロジェクトがある。これも、たいていの場合は、生まれてくる子供の能力を増強することを目論んでいるので、能力増強の例となる。現段階では、医療目的のために遺伝子改変技術を適用したり、BMI技術をパーキンソン病の治療に応用したりといったことには、大方の場合、異論はないであろう。しかし、技術を能力増強のために使用する場合には、賛否が大きく分かれるであろう。

 とはいえ、人間を凌駕しかねないハイパーAI技術に向き合う場合、技術による能力増強は不可避のものとならざるをえないのではないだろうか。能力増強技術としてのサイボーグ技術は、その意味で、人間が自己を凌駕する可能性を提供することになるであろう。それゆえ、サイボーグ技術は、この点において、人間を凌駕するハイパーAIと歩みを一にするであろう。