以降、映像文化はおおよそ100年にわたって我々の社会を席巻している。マスメディアによる大きな映像の伝達はインターネットの発達によって勢力を減らしたように見えたが、今なお、インターネット以後のコミュニティベースの小さな映像コミュニケーションは盛んであると言えるだろう。大きなパイから小さなパイへ。映像の時代はより感覚的な「ポスト映像の時代」へと移りつつある。それはマスコミュニケーションによるぼんやりとしたイメージの共有から、小さなそしてより高解像度のコミュニケーション、映像をベースにしながらも物質性の高いコミュニケーションに移行しつつある。我々は映像を撮影し、タグ付けし、送り合うことでコミュニケーションをとるのが日常になった。それをもたらしたのがGPSによって地球上の位置を定め、タグ付けによって対象と言葉を関連付けることによる「地球のデータ化」である。それがビックデータを生み出している。

 またスマートフォンの誕生は画面のピクセルの集積度に大きな影響をもたらした。より集積度の高いディスプレイが多く誕生し始め、それにより我々はハイビジョン以上の解像度のディスプレイを手中に収めることができるようになった。同じくしてカメラの解像度も時空間方向に向上し、よりフレームレートが高く、より空間解像度が高いコミュニケーションを可能にした。集積度の高いディスプレイは付随して様々なイノベーションを起こしつつある。例えばバーチャルリアリティの発展は、そのようなスマートフォンディスプレイによるところが大きい。高解像度のディスプレイを一枚のレンズで拡大する方式が可能になったのは、光学歪みを光学系でなく画像処理で補償することが可能な程度にディスプレイが高解像度になり始めたからだ。スマートフォンで駆使されるジャイロや加速度センサーは画面の追従にも大きな貢献をもたらしている。他にもオンボードのFPGAによるハードウェア演算処理の発展は、深層学習の計算や機械学習の工程において大きな影響をもたらしている。

 ピクセル化は強力な道具だ。あらゆるものを二次元においていく。それ以後は解像度の議論と相互の配置関係性の議論だけで進めることができる。近年の深層学習が話題になるが、例えば、白黒画像のカラー化や二次元画像の三次元化はインターネット上の画像データの増大と、画像のような二次元配列データに関する「畳み込みニューラルネットワーク」計算の恩恵が大きい。そしてそのようなデータを生み出すことができた一つの理由は、明らかにピクセル文化のもたらしたものである。

 我々は今「ポストスマートフォンの時代」を生きつつある。その世界を規定するためには多次元データを人の手を使わずタグ付けし、意味あるものに変えていく手法が求められている。つまり、今ある大量の二次元データを軸足にして、次のデータを解析していくことが求められているのかもしれない。碁にしろ、画像処理にしろ二次元データの議論である、タグ付けされた二次元データはインターネット上の、そしてディスプレイベースのメインコンテンツであるが、その先がなかなかつながらない。

 現状の機械学習は、二次元配置に関しては畳み込み学習を用いて効率的に学習することが可能になっているが、我々の実世界を構築する多次元データとその意味の関係性については未だにデータベースが不十分だ。その構築の鍵は今後の我々と人工知能の対話、そして我々の身体を用いた、より高次元のデータ採集にかかっているのだろう。ピクセルのもたらしたデータ的恩恵を超えて、3次元世界を記述していく方法を開拓していかなくてはならない。未だ、2次元をベースとした人工知能が3次元世界で暴走していくには我々の手助けが不可欠であり、暴走するほどに彼らはまだデータ的に十分ではない。しかしながら、「もしも」を恐怖しそこにテクノロジーを留めるわけではなく、現状を正しく理解した上で、我々の良き隣人である計算機を育んでいきたい。