いろいろな理由が考えられるだろうが、私がいちばん大きい要因と考えるのは、小人数クラスの実現である。

 ただし、これはもともとそのつもりで小人数クラスにしたわけではない。

 確かに、当初から一クラス30人という教育環境でやることになっていたが、いわきに中学受験の文化がなかった上に、公立信仰が強く(地元のトップ校でも300人強の卒業生のうち、東大への現役合格は0の年が多いし、慶応にだって10人も合格していないというのに)、毎年20人も入ってこない。

 昨年の卒業生は18人、今年にいたっては16人だ。

 要するに、進学実績の上でも、子供のメンタルの問題のなさの点でも、すばらしいものがあるのに生徒が入ってこないので、結果的に小人数クラスになっている。

 ただ、学校経営者にとっては頭の痛い問題ではあるが(私も非常に同情しているし、コンサルテーション料も申し訳ないので、かなり安くしている)、生徒にとっては、理想に近い環境になっている。

 この人数なら、学力だけでなく、生徒のメンタルの問題や、生徒間の人間関係など、ほどんどの点で、教師が把握できるし、ほかの教師もそれが共有できる。

 これは、現代の「金八先生」を考える上で、大きなヒントになる事例ではないか?
 確かに、教師に学力だけでなく、いじめ対策やメンタル面でのフォローまでさせるのは過重労働と言えるかもしれない。しかし、クラスの人数が少なければ、それは可能になり得るのだ。

 10年ほど前、当時、OECDの行う学力調査(PISA調査)でほとんどの分野で世界トップを誇り、世界一の義務教育とされていたフィンランドの学校に見学に行ったことがある。

 そこでは、18人から20人のクラスが当たり前だった。

 地震が少ないこともあって、後者はツーバイフォーで簡素なものだった。コンクリートから人にというと、かつての不人気政党のスローガンだったが、教育に関しては、そうすべきだというのは、私のそれ以降の信念である。日本の立て替えたばかりの小中学校は、世界の公立学校の中でいちばん立派なのは確かだ。建築会社ばかり儲けさせても、日本の将来の人材は育たない。

 ついでに言うと、婚外子をどんどん認めることで少子化を乗り切ったフランスに対して、このフィンランドは、子供の数が減った分だけ、一人あたりの生産性をあげ、知識社会で使い物にならない落ちこぼれを作らないことで乗り切ろうとした国でもある。今でもフィンランドの国際競争力は高い。これも日本が見習うべき点だろう。

 日本で、「金八先生」を求めるなら、まずクラスのダウンサイジングを行うべきだろう。

 他省庁の高級官僚と比べて、東大在学中のできの悪い奴が入ると噂され(こういう人がゆとり教区や、2020年からの東大を含む全大学のAO入試化を推し進めているという話も聞いた)、また大統領候補選などで教育問題がもっとも重要課題とされる国が多い中、文部科学大臣(科学を統括するはずなのに、なぜか理系の人が選ばれない)が軽量ポストであるこの国では、子供の数が減っても教育予算だけは減らさないという世界の常識が通じない。

 しかし、こういうことこそグローバルスタンダードに従わない限り、日本で、「金八先生」は期待できないかもしれない。