書いた理由はしごく単純だ。マスコミやネットがまことしやかに伝えた事件の“真相”が、事実とあまりにかけ離れていたからである。だが、これらの事件を取材するうちに、非常に疑問に思ったことがある。それは、子供が自殺すると、マスコミや世間はなぜ短兵急に、その原因を学校でのいじめに求めるのかということである。

 青少年の自殺についての統計を見ると、小中学生の自殺の主な原因は、学業不振、家族の叱責、親子関係の不和である。高校生の場合は、やはり学業不振や進路の悩み、さらにうつ病も多く、いずれも、いじめによる自殺は少数である。
 それなのに、どうしていじめ以外に自殺の原因が存在しないかのような安易な決めつけが行われているのか。それは一種の思考停止ではないか。過去、悲惨ないじめ自殺が相次ぎ、学校側がそれを隠蔽した事実があることは確かだ。だからといって、「いじめの事実は認められなかった」とする学校や教育委員会の発表に対して、すべて「隠ぺいだ」と思い込み、「いじめ自殺」ありきで突っ走るのは非常に危険なことだと思う。

 拙著『でっちあげ』に登場する教師は、マスコミやネットによって「殺人教師」と呼ばれ、つるし上げに近い仕打ちを受けた。自殺者などだれも出ていないにもかかわらず、である。その様は、マスコミやネットが口をきわめて非難するいじめの構造にそっくりだ。「いじめ」という言葉に扇動された集団ヒステリーである。そもそも、学校や教師に何もかも責任を押しつけることで、子供の自殺はなくなるのか。問題の根本的な解決になるのか。筆者はそうは思わない。ただ少なくとも、現場の教師をますます萎縮させるだけの効果はあると思う。