丸子実業の事件では、母親はネット上で多くの支援者を獲得している(地元では、彼女の正体が知れていたため、支援者はほぼ皆無だった)が、その中に、教育評論家を名乗る女性がいる。彼女は自身のブログで、事件の経緯を逐次伝えていた。母親が校長らを訴えていた民事訴訟が、母親側のほぼ全面敗訴に終わった時、彼女は、「教育裁判史上に残る悪判決」と批判して、こんなふうに書く。

 「裁判長はいじめのことを何もわかっていない。あるいは、何か政治的な力が働いたのではないかとさえ思えてしまう」「いじめのことはまるで認めなかった裁判長は、前代未聞の『いじめた』とされる側の『名誉棄損である』の訴えにはなぜか耳を貸した。なぜ、母親が必死になってバレーボール部員や顧問に連絡をとらざるを得なかったのかをまるで考慮することなく。これは恐ろしいことだと思う」「いじめは隠される。そして学校は自分たちの責任が問われることを恐れて、いじめをなかったことにしようとする。利害が一致した学校と加害者が組んだとき、これではやりたい放題できる。遺族やいじめの存在を告発した人間の口を封じることができる」 

 判決は、この“教育評論家”が母親の話を鵜呑みにして、初めに結論ありきで作り上げた事件の筋書きとはあまりに乖離していた。だから彼女には、判決理由が全く理解できないのだ。いや、理解しようとしないといった方が正しいかもしれない。 

 ここまで判決に疑問を持ったのなら、裁判資料を閲覧するなどして事件の真相に迫る方法もあったはずだ。卑しくも教育評論家と名乗るならそうすべきである。だが実際は、何一つ調査もせず、おそらく現地に足も運ばず、自分の予断と偏見、想像と思い込みだけで全く見当違いの批判をしている。彼女が、拙著『モンスターマザー』を読んだかどうかはわからない。読んだとしてもおそらく、ブログを消去するつもりはないだろう。大切なのは結局、自らのメンツや体面なのだから。

 しかし、この“教育評論家”は、子供たちの心と体を守ることを信条としているらしい。10年以上の長きにわたり掲載され続けているこのブログの言葉の一つ一つが、丸子実業高校の教師たちだけでなく、バレー部の子供たちの心をどれほど傷つけたか、自覚したことはあるのだろうか。