コリジョンルールの採用で、捕手も、二塁手や三塁手同様、立ったままタッチに行かねばならなくなった。身体ごとぶつかって行けないから、他の内野手がするように、「ミットを地面につけてホームベースの前に置く」のが基本になるといった変化が指摘されている。だが、実際にはそう簡単ではない。そもそもなぜ、二塁や三塁上では通常起こらない激しい接触やせめぎ合いが本塁上では発生するのか?

 それは、他のベースと違うルール上の特性がある。本塁では、走者のオーバーランが許される。走者は5つの角を持つホームベースのどこか一部に、捕手のタッチより早く身体を触れさえすれば生還が認められる。そのため走者は、回り込んでベースに触れたあと、勢いよくホームベースから 何メートル先まで転がっても構わない。スピードを最後まで緩めず、トップ・スピードで本塁に到達し通過できる。オーバーランができないため、ベース上で足か手を必ず止めねばならない二塁、三塁とはそこが大きく違う。だから、従来は当たり前だったブロックなしに、トップ・スピードの走者を迎え撃ち、タッチするのは簡単ではない。
審判団に詰め寄る阪神・金本知憲監督(左)=5月11日、甲子園球場 (撮影・吉澤良太)
審判団に詰め寄る阪神・金本知憲監督(左)=5月11日、甲子園球場 (撮影・吉澤良太)

 捕手が手だけでタッチに行けば、屁っ放り腰になる。そんな弱腰で少しでも走者と接触したら大ケガにつながると身体は知っているから、ますます及び腰になる。コリジョン・ルールはこのように、危険防止のようで危険を呼び込む側面を持っている現実はあまり指摘されていない。わざわざルールで屁っ放り腰にさせておいて、「走者に負けるな」と叱咤するのは、ただの精神論だ。二塁や三塁のように、ベースの前にミットを置けば解消する問題でもない。なぜなら、二塁や三塁のクロスプレーの場面、走者は滑り込んで地面すれすれにアプローチするよりほかに方法がない。だから、野手がその位置にグラブを置けば、走者はグラブを避けようがない。ホームベースは違う。回り込んで上方から手でタッチもできる。ミットを地面に着いて待っていれば「万全」ではないのだ。

 野球の魅力と緊張感に水を差す上に、決して安全対策にもなっていないコリジョンルール。金本監督の、行き場のない怒りもその意味でよく理解できる。

 守備においては守備が主体であり、守備の動きは尊重されるのが伝統的に野球ルールの基本になってきた。それなのに、走者を優位にし、捕手の立ち位置を規制する発想が実は本質から外れていないだろうか。本塁上の大きな危険を生み出す根本的な原因は「そこに捕手が待ち構えているから」ではなく、勢いというアドバンテージ持つ走者が強引な衝突によって生還を勝ち取ろうとする姿勢のためだ。本来は、走者の危険な走塁をこそ徹底して規制すれば無用なケガは避けられるのに、捕手を規制するからおかしくなる。捕手を屁っ放り腰にさせる危険こそ、見ていてハラハラする。

 アメリカがそうだから「日本も倣う」姿勢は、野球の歴史からすればやむをえない面もあるが、アメリカが間違った選択や判断をしていたらきっちり本質を抑える感性と、提言する覚悟をそろそろ日本野球も持っていいのではないだろうか。ぜひ、野球を愛するみなさんに、正統なコリジョンルールを改めて考えていただきたい。「安全」という名目を押し出して、反対を押し付けない雰囲気を醸しているが、これは絶対に改善すべき悪しきルールだと感じている。