女性に生まれたから全う不能な職務を背負わせられるとしたら、それこそ女性天皇は「女性差別」であると言わねばならぬ。国連機関が女性天皇を奨励するなど、差別撤廃に真っ向から刃向かうことであり、国連の理念に反する主張である。
これまで一二五代の天皇があったが、その内女性天皇は僅か十代に過ぎない。歴史的に、男性が天皇になることを原則とし、女性天皇は極めて特殊な事情がある場合に限られてきたのは、そういった意味合いもあったことと思う。

日本差別ではないのか


 次に、国連女子差別撤廃委員会が皇室制度に言及しようとしたことにつき、総理がいみじくも「国民の支持を得て今に至るものである」と指摘した点についても触れておきたい。よく皇室制度の歴史は明治からであるといわれる。たしかに皇室制度が法律の条文に規定されたのは明治時代のことだが、それは二千年以上継承されてきた皇室の慣習法を、条文に書き起こしたのであるから、皇室制度自体が明治時代に創設されたものではない。

 日本では、いつの時代をとっても、国民が天皇を支えながら歴史を刻んできた。もし日本人にとって皇室が不要なものであれば、とっくに皇室は滅びていたに違いない。そして、現在も国民の圧倒的多数が皇室に親しみを持ち、皇室を支持しているのである。天皇と国民の繋がりは「国体」そものといえる。日本から「天皇」を取り払ってしまったら、それはもはや「日本」ではないといえば大げさに聞こえるかもしれないが、それほど、天皇と国民の繋がりは日本の国柄の根本を形成しているのである。

 女子差別撤廃委員会が男系継承の皇室典範を改定するように勧告することは、古事記と日本書紀の原理を変更するように求めるのと同じで、これは日本が日本であるのを止めるように勧告するに等しい。「聖書やコーランに差別的なことが書いてあるから書き換えろ」と言うのに等しいと表現すれば分かりやすいだろうか。

 今回、同委員会は日本の皇室制度について勧告しようとしたが、では彼等はバチカンやアラブの君主国に「女子が王や法王になれないのは女子差別だ」と勧告したことがあったか。無論、他の君主国の王と日本の天皇は成立背景も意味合いも全く異なるので同列に比較することはできないが、もし日本だけにそのように勧告するのなら、それは「日本差別」であると反論すべきである。