「中華民族」とは何か


 中国は「南シナ海は漢の時代の二千年前から中国の一部だった」などと主張し、習近平国家主席は「中華民族の偉大なる復興」を掲げている。では、この場合の中華民族とは、どこまでの人たちを指すのか。

 そもそも中原の漢人の「華夏」と称される原中国人(支那人)の祖先であるはずの夏人、殷人、周人は、今現在の自称中国人とはいったいどこまでつながっているのか。かつて北方の雄だった匈奴(きょうど)をはじめ、五胡(ごこ)などの子孫たちは今現在、いったいどの民族で、どこにいるのか。「自己主張」だけではなんの証拠にもならない。

 国家と民族の歴史をあまり区別しない人が少なくない。ことに「民族」は、近代になってから近代国民国家とともに生まれた人間集団の用語で、客観的な存在というよりも心理的かつ意識的な存在としての近代ナショナリズムの歴史的産物である。「民族」というのは生理的や心理的な概念として、法的な概念である「国民」とは違う。たとえば南ヨーロッパのラテン人は、中南米のラテンアメリカに至るまで新旧大陸に広く暮らしている。共有の文化と言語をもっていても国が違うというのは決して稀有なことではなく、違和感もない。そもそもヒトラーはオーストリア人で、ドイツ国籍を取るためにドイツ軍に入隊した。ナポレオンももとはといえばコルシカ人である。

 同一語族や民族でも、多くの国々に分かれているのは、決してヨーロッパにかぎらない。たとえば、同じくモンゴル人でも、現在モンゴルと中国・ロシアに分かれている。コリアンも北朝鮮・韓国のみならず、中・露など多くの国々に分かれている。アジアの南のタイ系やマレー・ポリネシア系の人びとも同様だ。

 だから民族の歴史をいくら遡っていってもきりはない。数万年前まで遡ってDNAから見てみれば、それは第二の「出アフリカ」に突き当たる。

 中華民族がいるところが中国ならば、華僑のいる東南アジアやアメリカでさえ中国となってしまう。華人が伝統的に海を忌避していたことは述べたが、そうした歴史や伝統を踏まえれば、南シナ海も東シナ海も中華民族のものではないことになる。

 ギリシャ文明の歴史は、中国の三代(夏・殷・周)から春秋戦国時代とほぼ同時代だったが、ギリシャの北のブルガリアは六千年前の人類最古の黄金文明がのこっている。いったい彼らは、このバルカン半島でどう暮らし、どう活躍していたのか。

 地中海域のヨーロッパ文明の先駆の地は有史以来、北からはフン族やゲルマン人、スラブ人が南下してきて、東の砂漠からはモンゴル系やトルコ系の人びとが入ってきたので、特定の民族が「われわれの祖先の地」などと称するのは、じつに難しい。さまざまな異民族に支配された過去がある中華の地にしても、同様である。

 人類史上において、民族や種族による分別が先で、国家は後で生まれたのだ。

 もっとも、現在では太古の「部族国家」は「都市国家」に比べ、あまり国家らしくなくても、「××国家」と称される。「封建国家」や「天下国家」(世界帝国)、「近代国民国家」は歴史的に国家として認知されている。

 だが、ことに近現代になって、すべての国家の条件をそなえても、国際法的には認知や承認が必要とされるようになった。たとえば、わが祖国の台湾はその一例で、中国が「自分たちのものだ」との主張を譲らないために、いくら中国より進んだ民主主義や経済、技術を持っていても、世界的には独立国家として認められていない。

 日本人にとって、国家とは神から生まれたものとして「記紀」の国生み物語にある。もちろん「国」は神から生まれたものだから、私から見れば、じつに夢の夢として羨ましい。たいていの近代国民国家は生まれたものよりもつくられたものがほとんどである。「生まれた」ものは血の繋がりがあるため、「つくられた」ものとはまったく違うのである。「アイデンティティ」だけでも天と地の差があるのではないだろうか。