「国家と民族」についての中国の主張のでたらめ


 だが、現在の中国、中国人の「国家と民族」についての主張はじつに矛盾だらけで、ご都合主義だらけである。

 「悠久の歴史」があっても、「一治一乱」と分離集合を繰り返してきたことを無視して、あくまで中国という国家が太古から存在していたかのように主張している。華夷が交代して中華世界に君臨した事実も無視しており、つまりミソもクソも一緒なのである。

 加えて、「人の世」と「神の代」を区分せずに、「神の代」まで擬人化し、伝説と歴史が混合、混乱。民族史や国家史のスパンだけでなく、中国史の時間と空間の設定も確定もできていない。

 だから、同じ中華人民共和国であっても、時代によって主張がころころ変わって、一定していないのだ。ここで、現代中国の歴史観の変化とその問題点について、箇条書きにしてまとめてみよう。
①中国史の長さについて、始皇帝の統一からではなく、春秋戦国から、さらに遡って「三代(夏・殷・周)」、そして伝説時代の「三皇五帝」から「推定」四千余年を「四拾五入」して「五千年の悠久なる歴史」と小学校から教えてきた。
 習近平の時代になってからは、さらに「五千余年」と膨らませている。

②中華世界には、国家としては、「一治一乱」の歴史法則にしたがって、国家と天下とが揺れ動き、「易姓革命」だけでなく、華夷などの主役交替も時代によってあった。
 二十世紀初頭前後に起きた、清朝において大中華民族主義(異民族も含めて中華民族として扱う)と大漢民族主義(漢民族こそが中華の中心であるとする主義)との論争があり、辛亥革命後、大中華民族主義が主流となりつつあったが、毛沢東の人民共和国時代になると、「世界革命、人類解放」を目指し、「民族」は否定され人民の敵とみなされるようになった。
 だが、一九九〇年代からは中華民族主義がマルクス・レーニン主義、毛沢東思想に代わって強く説かれるようになった。
 習近平政権になると「中華民族の偉大なる復興」を連呼絶叫するようになったが、その「中華民族」の実態は、チベットやウイグルなど異民族の文化を抹殺することで創作しようとしているだけである。

③漢族と五十五の非漢族を一つの中華民族に強制創出することは、なおも模索中である。目下は民族の同化と浄化の手しかない。「五千年の歴史」をかけても、なおも五十五の非漢族が存在すること自体、漢化・華化=徳化=王化の限界を如実に物語るものである。
 そもそも、元帝国のモンゴル人、清朝の女真人まで中華民族だというならば、従来、歴史教科書に救国の英雄として載っている南宋の岳飛(がくひ)、文天祥、明末に元に抵抗した史可法など、女真人、モンゴル人、満洲人に反抗した「民族英雄史」は、「中華民族史観」の下で再編、書き換えざるをえないはずだ。

④異民族による征服王朝である遼・金・元・清について、あるいは夷狄が中国を征服、君臨した歴史を、中国は階級闘争史観にもとづいて、「支配的階級の交替」のみで書き換えようとしてきた。だが、中国史の全史を改編しないかぎりそれは無理だ。だから本当の歴史は語れない。

⑤中華世界の「征服民族」や「支配民族」の変更については、「易姓革命」だけでなく、民族ことごとくの変更である。大元時代のように、モンゴル人、色目人、漢人(北方漢人、女真人、高麗人)、南人などの人種による階級規定まであった。また、「反清復明」(清に背いて漢人の明朝を再興する)のような、「反胡(はんこ)」の民族的抗争もあった。
 中華民族主義史観をナショナリズムとして成熟させ、史論、史説、史観として確立することは、空想妄想のファンタジーでしかない。

⑥歴代王朝は、主役民族の違いや交代のみならず、国家と天下の歴史循環も時代によって異なり、領土範囲のスケールも時代と国力によって異なっていた。空理空論、空想妄想で国家と民族の歴史を説くのは、きわめて非現実的である。

⑦イタリアがローマ帝国の正統なる継承国家、ギリシャ人が「東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の正統なる相続人」と主張し、そのかつての領土を要求したら、ヨーロッパはいったいどうなるのだろうか。「天下大乱」が待っているだろう。心のなかではそのような矜持を持っていたとしても、実際には要求などしないのが、近代国家、近代国民である。だから中国は永遠に近代国家にはなれないのだ。

 このような「チャイナの振り子」のような歴史時間と空間の変化の下で生まれた歴史観、史説と歴史意識は、じょじょに中国人のものの見方と考え方として、歴史観から世界観、人間観、人生観、そして価値観として定着していった。

 では、具体的に、それらはどのようなもので、どうやって中国人に定着していったのだろうか。以下、要約して簡略にとりあげる。

①歴史観については、以下の史書が史観として定着していった。
 ・『史記』──皇帝中心史観。
 ・「二十四正史」──『漢書』をはじめとする歴代王朝の明滅亡までの「正史」であり、易姓革命の正当性と正統主義により、新たな王朝は前の王朝の後継王朝だと自己主張する。
 ・『春秋』──尊王攘夷、華夷の分、春秋の大義。
 ・『資治通鑑』──中華思想の確立。

②新儒学としての「朱子学」と「陽明学」が、華夷の分と別、そして夷狄の排除と虐殺を「天誅」として正当化し、理論的、学問的基礎となった。

③勝者が歴史をつくり、敗者が歴史を学ぶ優勝劣敗の歴史法則の確立。

④「有徳者」が天命をうけ、天子となる「徳治(人治)主義」の正統性の主張が、「道統」(道徳的正統性)から「法統」(法的正統性)へと拡大解釈されていく。