クラウゼヴィッツは、戦争は政治の延長と説き、毛沢東はレーニンの戦争観を受け入れ、クラウゼヴィッツの戦争論について、「政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治である」と言い換えた。しかし、レーニンは戦争を「正義」の戦争と「不義」の戦争に二分し、プロレタリアの革命戦争、植民地の解放、独立戦争こそ「正義の戦争」と戦争の「正義」を説いた。「毛沢東の戦争論こそマルクス・レーニン主義の戦争論を最高峰にまで発展させたもので、それは矛盾論、実践論をも含めてまさしく、戦争をもって戦争を否定する最高の『仁』だ」とべた褒めし、礼賛する日本の進歩的文化人もみられる。

 このように、戦争の定義はいろいろな意見があるが、現在の中国が採用している戦争の定義とその手法は、「超限戦」というものだ。

 これは、一九九九年に中国軍大佐の喬良(きょうりょう)と王湘穂(おうしょうすい)が共著で出版した戦略研究書の名前であるが、現在の中国および中国軍の戦略は、これに則っていると思われる。

 私はかつて台湾大学の歴史学教授の友人から「ぜひ一読を」と勧められ、台北で買い求めて大学の研究室に持ち帰り、研究者たちと共同研究会で勉強したことがある。

 この著書は、通常戦のみならず外交戦、情報戦、金融戦、ネットワーク戦、心理戦、メディア戦、国家テロ戦など、あらゆる空間や手段による戦争を提唱したものである。
外国人漁業規制法違反の容疑で海上保安庁に停船させられた中国サンゴ漁船=2014年11月21日、小笠原諸島嫁島沖(第3管区海上保安本部提供)
外国人漁業規制法違反の容疑で海上保安庁に停船させられた中国サンゴ漁船=2014年11月21日、小笠原諸島嫁島沖(第3管区海上保安本部提供)
 実際に現在、中国によるサイバーテロや、日本のメディアを利用した情報操作や世論撹乱、アメリカでのロビー活動、アジアインフラ投資銀行(AIIB)による金融戦などが展開されている。

 当時、私は「超限戦」の戦争観について、

 「特定の戦争はなく、正面対決もない。武器、軍人、国家、技術、科学、理論、心理、倫理、伝統、習性などにも、限界や境界はない。そして多くの場合は戦火も砲火も流血もないのだが、その戦いが引き起こす破壊力は軍事戦争に劣ることはない。
 『超限戦』にはまた、陸海空、政治、軍事、経済、文化などの境界もない。孫子、呉子の兵法やクラウゼヴィッツの戦争論を超え、無限の手段で敵を服従させるのが超限戦の真骨頂である」

 と分析した。そしてすぐ討論に入った。

 しかし、まずイスラム学者から、「いくら超限戦といっても、イスラムのようなジハードは不可能なのではないか」と、中国人の考えている「超限戦」の限界が指摘された。

 考えればそのとおりである。いくら超限戦と言っても、中国人には日本人のような「特攻」や「割腹」はない。イスラムのような信仰もない。

 それが極端に利己的で現実主義の中国人の限界ではないのか。中国は海外の島々に対して、「歴史的に中国のもの」と主張し、「心理戦、世論戦、法律戦」という「三戦」を繰り広げているが、それでも核ミサイルの増強といった「力」に頼ることに必死になっている。

 そこにも中国の「超限戦」の限界が見られる。

黄 文雄(コウ ブンユウ) 1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。1994年、巫永福文明評論賞、台湾ペンクラブ賞受賞。日本、中国、韓国など東アジア情勢を文明史の視点から分析し、高く評価されている。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』の他、『世界から絶賛される日本人』『韓国人に教えたい日本と韓国の本当の歴史』『日本人はなぜ特攻を選んだのか』『中国・韓国が死んでも隠したい 本当は正しかった日本の戦争』『世界が憧れる天皇のいる日本』(以上、徳間書店)、『もしもの近現代史』(扶桑社)など多数。