領土紛争において、中国はつねに「歴史的には中国のもの」という「決まり文句」や主張を掲げるが、これは単に中国人の「口癖」というだけであり、国際法的な「領土主権」とは関係がない。それはただ古代中国の「天下王土に非ざるものなし」という「王土王民」思想である。言ってみれば、「世界のものはすべて中国のもの」という思い込みにすぎない。

 清の乾隆帝の時代の『皇清職貢図(こうしんしょっこうず)』にイギリスやオランダまでも「朝貢国」と書き込んだが、同様に、現在の中国の領土主張はただの思い込みである。要するに「かつて交遊があった」だけですぐに「自分のもの」という錯覚を起こしているだけのことだ。

 中国政府はよく「古典に書いてある」と主張するが、この「書いてある根拠」も、せいぜいこの類のものだ。しかし、「お笑い草」で「話にならない」と反論をすれば、中国はすぐに逆上して「戦争だ」と喧嘩腰に出る。これも国民性の一つである。

 私もかつて、インド政府関係者から、「『歴史的に中国のもの』という主張に、なにか『確実』な記録でもあるのか」と確認されたことがある。あの遠い天竺には、せいぜい支那僧が取経に来たくらいのもので、インド仏教が支那だけでなくユーラシア大陸東半分に伝え広がったことはあっても、支那の文物が天竺に入ったことはほとんどなかった。

 中国がインドにまで国境紛争を仕掛けたのは、ただ「農奴解放」という口実だけでチベットを軍事占領した後、「チベットのものは中国のもの」という「三段論法」を用いて、印パ紛争の隙につけ込んでケンカを売ったにすぎない。「有史以来、中国人は一人としてヒマラヤを登ったことはない。それなのに、よく『ヒマラヤは中国のもの』などと言えるものだ」とネパール政府が皮肉ったのは正論である。

 私が高校生のときは、軍事教官から地図を広げて「シベリアは中国の固有領土」と教えられたが、そこにはなんの根拠もない。アラスカまでが中国の領土だという主張は、ただ上海語(呉語)において、「アラ」は「われわれ」と、「スカ」は「自家」と発音が似ているから、「われわれの家」というこじつけであり、ただの小咄にすぎない。

 中国では、アメリカは中国人が発見したという話もある。二万年前に中国人が発見したとはいうが、二万年前に中国人はまだこの地上に現れていない。そのとき米州にいたのは、せいぜいネイティブ・アメリカンか、もっと以前の石器時代の人類かもっと前の原人か猿人ぐらいのものである。

 コロンブスの新大陸「発見」以外には、古代フェニキア人やら北欧のバイキングなどが来たという説も多々ある。中国では明の時代に艦隊を率いてアフリカまで航行したとされる鄭和(ていわ)がアメリカを発見したという説まである。だが、鄭和は去勢された西南のイスラム教徒である。南海遠航(「下西洋」ともいわれる)の主役は、むしろモンゴル系のイスラム教徒であった。たったそれだけのことで、すぐに「アメリカは中国人が発見したもの」「BC兵器でアメリカを叩き潰して回収する」とまで主張する者たちすらいるのだ。

 ネット世代は月まで中国の固有領土と言うが、その根拠はただの中国の伝説「嫦娥奔月(じょうがほんげつ)」だ。これは日本の『竹取物語』に似たお伽話である。そこからすぐに「宇宙戦争」まで空想妄想し空理空論を振り回すが、これは中国国内にしか通用しないことである。

 これらは単なるホラ話の域を出ないが、笑い話で済まないのが中国の厄介なところだ。そうした神話や伝説、古典を利用して、時には「新事実の発見」までを捏造し、既成事実を積み重ねて勢力拡大を狙ってくることだ。

 東シナ海については、中国船が「釣魚臺列嶼中国領土」(尖閣諸島は中国領土)と刻まれた石碑を、尖閣近くの海域に何本も沈めていることが明らかになっている。南シナ海の島礁においても、古い貨幣をわざわざ地中に埋めたり、古石碑を海中に沈めていたことが判明している。いずれそれを掘り返して「やっぱり中国の土地だ」と言い張ることは目に見えている。

 しかも、現在ではモンゴルのチンギス・ハーンまでも中華の「民族英雄」と見なしている。これに対してモンゴル政府は猛烈に反発している。


 そういう中国人のこじつけについて、旧ソ連のフルシチョフ元書記長は「中国は有史以来、最北の国境である万里の長城を越えたことはない。もし古代の神話を持ち出して理不尽な主張を続けるならば、それを宣戦布告とみなす」と警告した。