中西輝政「さらば安倍」の衝撃


 先生 月刊日本という雑誌があるんだけど、この頃、おかしいんだよ。4月号の表紙には、こんな見出しが並んでいる。

《安倍晋三は「保守」ではない 適菜収・山崎行太郎》《嘘だらけ・櫻井よしこの憲法論 小林節》《保守のまがいもの・百田尚樹 西岡研介》

 保守派の著名人に「保守ではない」「嘘だらけ」と悪口を言っているわけだけど、当の筆者が保守とは言い難い人たちばかり。俺は「じゃあ、本物の保守は誰ですか」と聞きたいね。まさか、自分たちだと言うんじゃないだろうな。

 女史 安倍さん、櫻井さん、百田さんって、みんな朝日とか左翼の標的になっている人ばかりじゃん。「月刊日本」という名前は右っぽいけど、視点は左だよね。

 教授 まあ、有名な雑誌ではないから、大きな影響はありませんがね。業界では、なかなか筆者に原稿料が払われない雑誌として知られていましたけど。(笑)

 先生 一方、こちらは看過できない。保守系雑誌歴史通5月号で、安倍晋三首相のブレーンとも呼ばれた中西輝政が「さらば、安倍晋三」と決別宣言をしていたぞ。

 教授 安倍総理が出した戦後70年談話が、日本の侵略戦争史観になっていて、それに反対する自分の意見を取り上げてもらえなかったから、怒っているように読めますね。しかし、総理は欧米や左派の世論にも配慮して、謝罪外交を断ち切る談話の文言を決めなければならない苦境に立っていたんです。持論が全面採用されなかったから「さらば」は、ちょっと度量が小さいでしょ。

 編集者 ただ、中西先生は70年談話の有識者会議のメンバーとして、侵略戦争史観で談話をつくろうとした北岡伸一氏や他のメンバー、外務省側の官僚と闘ったんです。耐え難い思いがあったのではないですか。70年談話をおかしなものにしないために努力したのに、報告書の大勢は北岡氏や外務省側に押し切られ、談話そのものも結局、日本の侵略という史観を否定できなかった。中西先生の悔しさもわかります。

中西輝政氏
中西輝政氏
 教授 しかし、彼は昨秋頃まで安倍総理の苦しい立場も理解し、かばってもいたんですよ。それなのに、同じく総理の苦境を慮って談話を擁護してきた他の多くの保守派を、今になって「愚鈍」と非難した。それはないでしょ。

 先生 ただ、「元来、私と安倍氏では政治理念も思想も大きく異なっていた」「私の論説や提言を安倍政権が政策として採用した例など皆無だ」とも書かれているし、本来、考えが違ったから、当然の帰結かもしれないがね。

 教授 いやいや、安倍政権には、かなり中西氏の考えが反映された部分がありましたよ。

 先生 確かに、70年談話のための報告書でも、日本の侵略戦争説を否定する脚注を安倍総理と直談判して付けさせたのは自分だと、中西は去年の月刊正論10月号などでも主張していた。意見は採用されているよな。

 亡くなった元駐タイ大使の岡崎久彦から安倍総理が影響を受けていたという理由で、まるで岡崎が諸悪の根源のように批判しているのにも、俺は違和感があるな。

 教授 70年談話のとき、岡崎氏はこの世にはいなかったのですからね。まさか岡崎氏が守護霊として甦り、安倍首相を動かしたというわけじゃないでしょう。

 先生 70年談話に承伏し難い点があるのは俺も中西と同じだ。雑誌正論も含め保守論壇には反発が少なすぎたとも思うし、保守だからこそ談話や安倍政権の個々の政策を是々非々で批判するのも当然だ。ただ、決別宣言のような形で批判するのは一線を越える。安倍でなければ、誰にすればいいというんだ、って話になるよなあ。

 編集者 中西先生の専門分野の一つである歴史に絡む問題だけに、妥協できないという思いもおありだったのでは。70年談話や日韓合意に保守派が誰か異を唱えなければ、すべてを認めることになってしまいますし…。中西先生には、中西先生なりの葛藤と深い考えがあったはずですよ。

 先生 ただ、それはこの歴史通を読むだけでは分からんからなあ…。左翼も「右派が内輪モメしてる」と喜んでいるだろうし。

 女史 確かに保守が分裂すると、一番喜ぶのは左翼だね。

 教授 言論人が自分の意見を通したいと思うのは当然ですが、だからといって、左翼を利するようなことは避けなければ。まして保守ならば、保守政権を潰すようなことは厳に慎むべきではないですか。政治の世界は、政権に就きさえすれば、なんでも自分の理想を実現できるわけではないんです。対立する意見、世論、外圧にさまざま配慮しながら、少しずつ実現に近づけるものですよ。中西氏もそれは分かっているでしょう。