青少年条例そのものに、私は疑義があるのだけれど、大阪の堺市は、さらに一歩踏み込んだ“道徳規制”に乗り出した。3月16日、堺市とファミリーマートは「有害図書類を青少年に見せない環境づくりに関する協定」を結び、コンビニに並ぶ成人向け図書の表紙が子どもや女性に見えないよう、フィルムで包む取り組みを進めることにした。具体的には、雑誌の中央を緑色のビニールカバーで覆い、「成人コーナー」の下部には子どもの視線を遮るために横長の板を設置し、「堺市では、女性や子どもに対する暴力のない安全なまちづくり事業〈堺セーフシティ・プログラム推進事業〉に取り組んでいます」という表示を掲げるというものだ。店頭には「女性と子どもにやさしい店」というシールも貼られているという。

 販売規制の対象は、大阪府青少年条例によって指定された「有害」図書らしい。ただし、大阪府は2010年以降、タイトルを明示した個別の「有害」指定を実施していない。府条例では「全裸又は半裸での卑わいな姿態、性交又はこれに類する性行為で下記の内容を掲載するページ(表紙を含む)の数が、総ページの10分の1以上又は10ページ以上を占めるもの」を自動的に「有害」図書と見なす「包括指定」制度も設けており、堺市は「包括指定」図書を主な販売規制の対象にしているようである。

 だが、大阪府条例の場合は、曲がりなりにも条例による法的規制というかたちをとり、販売方法も条文中に書き込んでいる。にもかかわらず、堺市は府条例をも踏み越え、法的根拠なしに、販売規制を行った。日本雑誌協会と日本書籍出版協会が「今回の措置は、大阪府条例の規定を逸脱するものであり、我々は堺市が締結したこの協定は、図書類への恣意的な規制強化につながるものとして大いに懸念しています」という見解を明らかにしているが、至極もっともなことだ。

竹山修身堺市長
竹山修身堺市長
 青少年の健全育成なるものは、本来であれば価値中立であるべき行政が関与できない、まさに道徳そのものである。青少年条例はそれを逸脱した制度だとは思うものの、かりそめにも行政が直接、成人図書の撲滅などの環境浄化運動を行えないということは理解していたはずだ。浄化運動の多くを肩代わりしてきたのは、(行政主導ではあるものの)建前上は行政の外にある「青少年育成県民会議」「青少年育成市民会議」などの名称で活動している官民一体の団体であったことが、その表れだ(余談ながら、これら地方組織のまとめ役だった内閣府の外郭団体「青少年育成国民会議」は、2009年に解散している。構成団体からは使途不明金の存在を疑う声が上がり、乱脈もあったのではないかと噂されたものだった)。行政の本分を忘れ、一線を逸脱したのが、堺市の取り組みと言えないだろうか。

 その上、さらなる逸脱が加わる。青少年条例では、18歳以上の者が性的内容を含む図書類を「読む・読まない」「買う・買わない」自由までは規制していない。行政が「女性のため」「お母さんのため」を標榜して図書類の販売規制に踏み込むのは、はじめての事例になりそうだ。まさしく法と道徳、法と倫理の融合である。

 堺市の竹山修身市長は、3月31日の定例記者会見で「子どもやお母さん、保護者の皆さん方が気楽に入れるコンビニの中で、いわゆる有害図書というのが置かれていることが、本当にいいのだろうか」「皆さん方も、お子さんや妻さんがコンビニに行って、そのような有害雑誌が陳列されている状態だったら、何だこれと思われるのではないか」「公権力の行使ではなく、自主協定である」などと説明したという。

 首長といえど、素朴な道徳観を個人的に開陳するのはまったくの自由だ。しかし、たとえ住民の一部が喝采しようが、道徳の強制は行政の役割ではない。