「政権からの圧力」以前に、私はフリーランスのジャーナリストが非常に活動しにくいということを常々感じているのだ。記者クラブ制度の外に置かれているのがその最たるものであるが、民主党政権以降は、フリーランスであっても、一定の条件を元に取材が可能となった記者会見も随分増えた。しかし、取材のベースである国会や議員会館、当然官邸なども、記者章がないために、その都度面会票を書かなければ入館できない。しかも、何らかの約束がなければ入館も許可されないので、自由に出入りをして取材をするということは、一切できないのである。報道機関と政治・行政の双方に問題意識がなければ、一向に改善されないことであり、正直、かなり不利な条件の下で活動してきたと感じている。もちろん一定の条件は必要だが、もう少し開かれた世界にならなければ、本当の意味での「報道の自由」が確立できないのではないかと感じるのである。

 報道機関に属する人々も、フリーランスで活動する者も、切磋琢磨し、それぞれがよい報道を目指せば、メディアの世界も、言論の世界もより良いものが世の中に提供され、それを目にする視聴者や読者である国民の意識や質も向上していくのではないだろうか。その意味では、政権との関係という以前に、メディア側の閉鎖性という課題も重要であるように思う。

 「評論家は正論を言っていくことが大事だ。長く仕事をしていれば、親しい政治家も増えるし、人の気持ちもわかるようになる。でもそこで批判の刃を鈍く切れ味わるくしてしまえば、この仕事は成り立たない。それで壊れる人間関係にならないように、人として信頼される評論家になれ」

 仕事を始めたころには、なかなか実感できなかったが、今は、父のこの言葉がとても心に響く。立場の違いを超え、メディアに係わる多くの人にも訴えるものであればと願う。