人災も党幹部の汚職が原因である。2015年12月20日午前11時42分、夏の天津大爆発に続き、今度は広東省深圳郊外の工業団地(光明地区紅幼村柳渓工業団地)で大規模な地滑りが起きた。ガス管が爆発、またたく間に付近は泥に埋まり、 33棟の高層ビルが倒壊し、100名近くが行方不明、犠牲者は数百名に達するとされた。
中国広東省深圳市の工業団地で起きた大規模な土砂崩れの現場(新華社=共同)
 
 事故現場は、泥沼、湿地帯にパイルを打ち込んだだけのずさんな地盤改良が行われ、その上に高層ビルを建てていた。被災面積は10万平方キロメートルにもおよび、東京ドーム2個分が泥に沈没。現地紙は、これを「山体滑波」と表現した。日本語なら「山津波」だ。
 
 深圳は香港に隣接する新興都市で、人口は1000万人を超える。新幹線が乗り入れ、地下鉄も走る。街は高層ビル、急造したマンション、工場がひしめく大都会。印象としては、急遽、バラックを継ぎ足した映画のロケ現場のようで、全国から無数のギャングも入り込み、治安は乱れている。日本人相手のぼったくりバーも多く、土地の速成、でたらめな工事による造成団地の土地は柔らかく、液状化現象や道路陥没などが頻繁に報告されてきた。
 
 日本企業も数百社が進出しており、居住者も多い。香港よりマンションが安いので、ここにマンションを買って香港に通うビジネスマンだけで30万人もいる。日本人の場合、単身赴任で、家族は香港に住み、子どもを日本人学校に通わせるケースも目立つ。事故現場には、西気東輸計画のガス・パイプラインが通っている。これは中国石油天然気(ペトロチャイナ)が推進した国家プロジェクトだ。しかも、このパイプラインは途中の新疆ウイグル自治区などで過去に何回も爆発事故を起こしているいわくつきである。壮大な汚職も取りざたされてきた。
 
 ネットの書き込みなどでは、パイプラインの爆発が大崩落を招いたのではないかという疑問が持ち上がっていたが、中国石油天然気は爆発原因説を否定し、「土砂崩れが爆発を引き起こした」とした。爆発した西気東輸のガス・パイプラインは国家発展改革委員会元副主任、国家エネルギー局元局長の劉鉄男が責任者で、巨大な利権を漁り、24億元をちょろまかしたが、反腐敗キャンペーンによって摘発され、2014年12月の一審で無期懲役の判決が出ている。

 さらに中国では、地元の党幹部とマフィアがぐるになっての犯罪が多く、地下経済には武器のブラックマーケットがある。ネット時代、素人の起業家が銃の密造に励み、しかもそれをネットで売る。アメリカの銃器通信販売は合法だが、中国では非合法である。ISがネットを駆使して世界各地から戦闘員を集めたように、中国ではSNSを活用したブラックビジネスが登場していたのだ。
 
 中国では黒社会(マフィア)ばかりか、素人にも武器の所持が拡大している。公式の武器貿易はNORINCO(中国北方工業公司)など、国有企業が取り仕切っているうえ、中国の法律では軍と警察以外、個人が武器を所持することは許されていない。近年は猟銃さえ規制が厳しくなった。ましてや武器の密造など、認められているはずがない。NORINCOの輸出は1億6000万ドルとされる。
 
 ところが、国内にある武器市場は地下経済で猖獗を極めるようになり、ネットで製造方法を取得し、部品をばらばらに仕入れて、ネットで通信販売というニュービジネスに治安当局が振り回される事態となった。ネットでの助言者は「QQ集団」と呼ばれる。
 
 むろん、ネットでは暗号が使われ、「狗友」(密売仲間)、「狗食」(銃弾)といった符丁で頻繁に通信が行われ、お互いがハンドルネームを名乗るため、実態は不明。密造工場の大規模なものは貴州省の小都市で見つかり、部品工場は広東省が多いという。当局が最近手入れした安徽省のグループは、700件以上の取引を成立させていたという(米ジェイムズ財団「チャイナ・ブリーフ」2015年12月21日号)。
 
 これまで武器の地下市場はマフィアが取り仕切り、軍の横流し武器などを取引してきた。怪しげなマッサージパーラーなどの売春組織、ナイトクラブのボディガードたち、石炭の経営者などが顧客で、地下経済の主力である麻薬、博打、売春などの「防衛」のために、武器は欠かせない。
 
 ところが、ネットで取引される武器の顧客はといえば、銃マニアが主力で、密造も素人がネットで製造知識を仕入れ、部品を特注し、しかも性能は軍が使用する武器に遜色がない。まさに異次元の空間から出現したのである。
 
 ことほど左様に、いまの中国はメチャクチャな状況であり、本書で述べてきたように、中国経済は逼迫し、「公式発表」ですらGDP成長は6・8%に落ち込んでいる。表面に現れない地下の動きや権力の舞台裏から推測しても、近い将来、未曾有の混乱に陥ることは確実であろう。


みやざき・まさひろ 1946年、石川県金沢生まれ。評論家。早稲田大学中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長、貿易会社経営などを経て、1982年『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇デビュー。中国ウォッチャーとして知られ、全省にわたり独自の取材活動を続けている。著書に『世界から嫌われる中国と韓国 感謝される日本』(徳間書店)、『日本と世界を動かす悪の孫子』(ビジネス社)など多数。