ただ、関ジャニ∞のメンバーを1人1人見てみると、個人のポテンシャルは驚くほど高い。村上信五のMCスキル、横山裕のバラエティ瞬発力、丸山隆平のバカポジティブ、渋谷すばるの力強い歌声、錦戸亮の主演俳優オーラ、安田章大の天然いい人キャラ、大倉忠義のにじみ出るスマートさ。個人の力では嵐に勝るとも劣らないのだが、それが国民的グループとしての人気に直結しないのが芸能界だ。

 どんなに個人の力が優れていても、日本国民の多くはそれを見たいと思っているわけではない。それどころか東日本大震災以降、多くの日本人は、嵐が見せる仲の良さや親近感を求めていると言える。そもそも個人の力をグループの魅力に昇華させるのは、少し前のスタイル。中居正広のMCスキル、木村拓哉の圧倒的なカッコよさ、稲垣吾郎のクールな存在感、草彅剛の脱力と意外性、香取慎吾の天真爛漫さなど、SMAPが圧倒的な個人の力で国民的グループとなった1990年代の王道パターンだ。

 ひるがえって現在は、個人の力が強すぎると角が立つ印象を与え、「凄いけど、見ていて疲れる」「癒されない」と思われてしまう。とりわけテレビの視聴率を左右するリアルタイム視聴者ほど、笑いをギュッと詰め込んだ番組よりも、ときどき笑えるくらいのゆるさを好む傾向があるだけに、関ジャニ∞のトークはトゥーマッチに映るのだろう。

 今の時代は、嵐のようないい意味でのぐだぐだなところがあったほうがいいのだが、彼らはそれを好まず自分たちのペースでどんどんトークを詰め込んでいく。常にノリノリではなく、もう少し引いたり、余裕を見せたりすることができるか? 関西ノリ、バラエティノリからのマイナーチェンジが求められている。

今のキャラでアラフォーに?


 彼らもすでに30代であり、アラフォーへのカウントダウンに突入。このまま「面白い若者グループ」「ヤンチャな関西の子たち」という印象のままでいいのか? その印象が国民的グループになるための親近感や一体感を削いでいるのではないか? 最近の関ジャニ∞を見ていると、「もしかしたら彼ら自身、少し迷っているのかな」と感じるときがある。

 「熱烈なファンから愛される」という意味で関ジャニ∞の活動は申し分ないが、国民的グループになるためには、やはり「子どもが憧れる」「中高年から親しまれる」ことが不可欠。個人の力を生かしたソロ活動がどんなに順調でも、グループとしての飛躍とは必ずしも一致しない。今後はグループとしての幅をどう広げるのか。それができて初めてグループ名の由来である、無限大の可能性が開けるだろう。

きむら・たかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。各媒体に月20本超のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は約20時間(同時含む)で、ドラマも全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』、最新刊『話しかけなくていい!会話術』など。