そしてこの問題が、いつごろからクローズアップされるようになったのかを見てみると、1970年代から既に慰安婦に関する捏造本は出版されていましたが、現在とは違い日韓ともに今一つ盛り上がりに欠けていました。そんな中、1990年、韓国において韓国挺身隊問題対策協議会が設立され、日本政府に謝罪と賠償を要求し始め、それに呼応する形で日本おいても社会党が国会などで、この問題を取り上げるようになり、徐々にこの問題がマスコミにも取り上げられるようになってきました。そして何と言っても1991年に実在の元慰安婦が名乗り出て、それを朝日新聞が報道したことにより一挙に慰安婦というものの存在が多くの日韓両国民が知るところになったのです。ちなみに韓国挺身隊問題対策協議会という団体は日韓和解のために設立した「女性のためのアジア平和国民基金」に反対し、元慰安婦を脅迫して基金の受け取りを拒否させた反日親北団体で、記憶に新しいところでは韓国の日本国大使館前の公道に無許可で慰安婦像を設置したり、「戦争と女性の人権博物館」という慰安婦に関する嘘の展示を公開する建物を建てたり、一貫して韓国人の反日感情を煽っています。

 そんな今から四半世紀前の慰安婦問題が脚光を浴び始めたころといえば1989年に東西冷戦の象徴であったベルリンの壁が崩壊し、次々と東ヨーロッパ諸国の社会主義政権が倒れ、ルーマニアのチャウシェスク大統領が民衆に処刑されるなど、栄華を誇った独裁者たちが没落し、1991年には東側の盟主であったソビエト連邦までが崩壊した時代です。
ソウル市街。手前を流れるのは漢江
ソウル市街。手前を流れるのは漢江
 一方の韓国は漢江の奇跡と呼ばれる高度経済成長の最中で1988年にはオリンピックを成功させるなど国際社会からも認知され全てが上り調子でした。日の出の勢いの敵国を横目で見ながら、盟友であった仲間たちの訃報を聞く、当時の北朝鮮指導部の人たちの心境は、いかばかりであったでしょうか。それに韓国では1987年に軍事独裁政権が終焉し民主化とともに対北強硬路線が緩んできていた時代でもあり、娘を売り飛ばした親や、それを買った業者が他界していなくなった頃でもあります。何の確証もなく、まったくの推論でしかありませんので断定はできませんが、ここまで状況証拠がそろえば慰安婦問題を創った日本人の黒幕は誰なのか、容易に想像できるのではないでしょうか。

 真犯人が特定?されたところで、次は本当の被害者は誰なのか、どうすればこの問題が解決できるのかということを考えてみます。確かにこの問題で日本は名誉を傷つけられ、外交問題の足枷となり、アメリカだけではなく日本でも日本人の子供が中韓の子供にいじめられているという話もあり日本国民が看過できないほどの実害を受け、何よりも先人の名誉が傷つけられています。しかし、見方を変えてみれば、今まではともかく、これから真実が明らかになれば嘘つき国家として名誉を失うのは韓国の方ではないでしょうか。おまけに日本に敵対することによって安全保障や経済面で計り知れないマイナス効果を被るのは他ならぬ韓国です。アメリカも今のところは第二次世界大戦で直接戦った相手の日本が悪の帝国でなければ、自分たちの戦争犯罪を正当化できないため韓国の嘘に目をつぶっていますが、中国の脅威が高まり日米韓の協力の方が重要だと思えば簡単に態度を変えるでしょう。実際に昨年の「いわゆる日韓合意」を主導したのはアメリカなのですから。