現場での事故は殉職

野中章弘(アジアプレス代表)
 フリーランスのネットワークであるアジアプレス・インターナショナルは、シリア、イラク、パレスチナ、アジアの各地で30年ほど取材してきました。その中で1999年には、我々のインドネシア人のメンバーだったアグス・ムリアワン君が東ティモールで殺害されるということがありました。この時は襲撃されて殺害されており、今回のように拘束、誘拐ではなかったのですが、それは僕のジャーナリスト人生の中で一番つらい出来事でした。殺害されたという報告を受けてすぐに東ティモールに行こうとしたのですが、国連もジャーナリストもすべて撤退して入れない。まず、彼の故郷であるバリ島に行って、家族に報告をしなければいけない。説明に行くと、数十人の家族や親戚たちが待っているわけです。そこでアグス君がどうして亡くなったのか、どういう状況だったのかを報告しなければいけなかったのですが、それが僕の人生の中で最もつらい瞬間でした。それから東ティモールの事件の現場に行きましたが、国連との交渉や検視など、いろんな手続があり、殺害から3年後にようやく遺体を掘り起こして、東ティモールの海岸で荼毘に伏して、遺灰を故郷バリ島の海岸に流しました。

 2012年には山本美香さんがシリアで殺害されました。山本さんも一時期アジアプレスに在籍していたこともあって、昔からよく知っていた仲間でした。こういう仕事をしていると、当然そういうリスクがあります。

 ただ、誤解のないように言っておくと、アジアプレスのメンバーたちは自分が戦場ジャーナリストだという意識はたぶんあまりないと思います。これは大切なところで、戦場だから行っているわけではなくて、そこに伝えなければいけないことがあるから行っているのです。アジアプレスの譲れない原則のひとつは戦争に反対するということです。戦争が起きた時に、我々の命も生活もすべてが破壊されるわけです。戦争に向かうような動きに対して警告を発して権力を監視する。それがジャーナリズムにとって最も大切な使命なのです。そういうことが起きている現場に行き、現状を報告し、なぜそれが起きるのか、それを起こさないためにはどうしたらいいのか、そのような問題提起をすることがジャーナリストの使命、ミッションです。ただ、現場に行けば、いろんな形で事故が起こる。戦場でなくても、取材活動の中では、思わぬ事故が起きるわけです。山本さんも言っていたように、そういう現場での事故というのは殉職だと思います。職業に付随したリスク、それ以上でもそれ以下でもないと思います。

 安田純平君の話をしますと、彼が信濃毎日新聞を辞めてフリーで仕事を始めた後、時々会って取材の話を聞いてきました。彼は、主に中東地域の取材をしてきたジャーナリストです。日本のフリーランスの中で、最もイラクやシリアの取材経験の長いジャーナリストの一人です。彼は彼の、本当の意味での自己責任で、自分の職責を全うするということで取材に行ったわけです。ここはきちんと共有したいと思うのです。彼はジャーナリストとして、そこで起きていることを世界に伝えるという役割を自分に課して取材に行った。そこで起きた事故です。

 土井敏邦さんや、アジアプレスの綿井健陽や石丸次郎などを中心に、戦場ジャーナリストの仕事をサポートする動きが出てきていますが、とても大切なことです。

画像はイメージです
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 フリーランスの権利、取材の自由や安全を守る組織は、日本には全くありません。これは他の国と大きく違うところです。ですから安田君がこういうことになったからといって、組織的に救援に動けるような体制は、全くとられていないのです。友人たちが個々に動くということはあっても、救援活動を担う主体が日本にはない。これは非常に大きな問題です。誰かを責めているわけではなく、僕自身も含めて我々フリージャーナリストを守る主体は我々です。自分たちで自分たちを守るというふうに動かなければいけないのですが、残念ながら山本美香さんであれ、後藤健二さんであれ、その前には2007年に長井健司さんがミャンマーで殺害されましたが、いくつかそういう例がありながら、フリーランスの側が自分たちの権利を守っていくための組織作りができていません。だから我々自身にまず課題があるというふうに僕は感じています。

 ただ、誘拐などが起きた場合、我々のできる力を遥かに超えてしまう。身代金であれ、処刑であれ、どう対応するのか。現実的な対応は非常に難しい。できることは限られている。フリーはマスメディアの人たちが行かないような場所に行けば仕事になる、お金になる、現実的にそういう面もあります。でもそういう補完的な気持ちで行っているわけではないのです。戦争の実相というのは、まず戦場の取材から始めなければいけない。僕は絶対にそう思います。ホワイトハウスやペンタゴンを取材したって戦争の本質はわかりません。イラク戦争でも取材の起点は戦場にしかない。だからそこに行くという判断を、自分でしているわけです。

 アジアプレスのメンバーが万が一、拘束された場合は、基本的には一切救援活動はしないことにしています。責任を自分で負うということを引き受けて現場に行く。それがフリーランスの仕事のやり方であり、生き方だと思います。