他界から8年が過ぎた平成13年、小泉純一郎首相は「自民党をぶっ壊す」と叫んで政権を手にしたが、ぶっ壊そうとしたのは、1990年代まで自民党を支配してきた田中型の派閥政治であった。小泉氏を筆頭に、田中後の政治は、広くはびこった「田中型」の払拭と打破という闘いを余儀なくされた。

 田中型政治の基本構造は派閥力学による与党支配であった。それを支えていたのが中選挙区制という衆議院の選挙制度である。

 長期にわたって権力を握り続けるため、田中氏は政権獲得前から、自民党政権による長期政治支配、最大派閥の維持・膨張による自民党支配、選挙での系列議員の拡大による派閥支配という3段階の支配構造をつくり上げるのに懸命となり、実際に3つの支配構造を掌握した。それが堅固な「田中支配」の基本システムであった。
参院選大阪地方区補選、大阪駅前で遊説カーの上から熱弁をふるう田中首相=昭和48年3月、国鉄大阪駅東口
参院選大阪地方区補選、大阪駅前で遊説カーの上から熱弁をふるう田中首相=昭和48年3月、国鉄大阪駅東口
 死去の4カ月前に非自民8党派連立の細川護煕内閣が誕生し、自民党長期一党支配が終わる。以後、連立の時代に入った。

 衆議院の選挙制度も現行の小選挙区・比例代表制に変わり、派閥の衰退が始まる。田中派の後継の竹下派、小渕派、橋本派が凋落し、小泉政権以後は、かつて田中氏と激しく争った福田赳夫元首相の流れを汲む勢力が自民党の中心勢力となった。

 現在の安倍晋三首相も、その潮流に乗って「1強」を誇っている。だが、現在の政治を見て気づくのは、安倍首相も含め、「党の掌握」ができていない党首と政党という実態だ。

 安倍政権は首相官邸主導を推し進め、官邸による政権の掌握はそれなりに実現していると映るが、自民党の掌握となると、心もとない。民進党の岡田克也代表も党の掌握は不十分で、それが弱体野党の一因となっている。

 目を海外に転じると、アメリカでも、大統領選挙で「党の掌握」ができていない候補同士の争いとなり、大統領制の下での政党政治のあり方という点で注目を集めている。

 今夏の参院選で衆参同日選説がくすぶり続けていたが、選挙を控えて、党を掌握していない政治リーダーたちによる政党政治という現状も、今、田中氏の残像に目を向ける人が多い理由の一つではないかと思う。

 派閥支配、金権選挙はごめんだが、党を背負うリーダーたちが、有為・有能で「愛される政治家」を発掘・育成し、政界に登用するシステムをつくり上げる。幅広い民意を汲み上げ、集約する機能を備えた柔軟で強靭な政党につくり変える。そうやって代議制民主主義と政党政治の再生を図る必要がある。

 「暗」「罪」「マイナス」を背負わないニュータイプの田中型リーダーなら、その役目を果たしてくれるのでは、と期待する人も多いのではないか。