公共事業の推進は“理想”だったか


 当時、参院議長をやっていた重宗雄三氏がいったものである。「オレたちは助平根性を起こして、この辺に鉄道やら高速道路が通ると思うと、山の中腹から海岸にかけて数十m幅の土地を買う。すると用地買収に当たった部分だけバカ高値で売れ、それで選挙資金をつくったもんだ」。自慢話をしているのかと思ったら「ところが角栄の奴はウナギの寝床のような土地を買い、そこに鉄道を串刺しだ。あいつにはかなわねえ」と悔しがるのである。

 当局が用地買収にかかると肝心の場所はすべて刎頸の友といわれた小佐野賢治氏(国際興業社主)が買い占めたあとだった、といわれた。このことを国会で問われた角さんは刎頚の友について「小佐野氏ではなく○○」と別の人物の名を挙げたことがある。事前に計画を漏らして買い占めておくというのは明らかな犯罪行為だが、その裏の役割を負う“専門家”がいたわけだ。共に首を刎ねられてもよいと思う陰の刎頸の友は、ほかにも何人かいたようだ。角さんは権力さえもてばパクられない、という信念をもっていた。

 角さんのいう「裏」と「表」を同じにすることを、自民党流にいえば「国土の均衡ある発展」という。結構なお題目だが、この壮大な公共事業の推進が、はたして角さんの“理想”だったのかどうかについて私はいまだに疑っている。日本は国家成長の過程で公共投資をやるべき時代だった。欧州ではとっくに済んだ仕事である。角さんは、じつは公共事業だけがやりたい。やればやるほど角さんの懐にカネが入ってくる仕組みが政治のなかに仕組まれていた。だから各県に一つずつ飛行場をつくったが、面倒な接続する道路も鉄道も考えなかった。

 田中氏は若いころから田中土建工業という建設会社をやっていたが、商売で財を成したとは思えない。目白の2000坪の邸宅や各地にもっている資産は政治家になってから取得したはずだ。記者会見でそのことを追及された角さんは「財産を成した経過と理由を国会の場で明らかにする」と言い置いて首相を辞めた。その弁明のためにかつての秘書官が集まって辻褄合わせをしたが、ついに完結しなかった。それどころか、辞めてなお子分を140人も集めることができた。まさに錬金術師というにふさわしい。田中氏が逮捕に追い込まれたのはロッキード社から受け取った5億円の端金のせいだが、土地に絡む係争で角さんは負けたことがない。

 角さんは辞任にあたって最後の記者会見に臨んだ。常日頃、秘書官が「これについては質問しないでください」と根回しに来るので、会見に先立ってこちらから「今回はチェックなしだぞ」と気合を入れておいた。私が聞きたかったのは一つである。

 「総理はあちこちの土地の買収でスキャンダルに包まれていますが、政治家の倫理に照らして恥ずかしいことだと思いませんか」

 私は恥の観念について聞いたのだが、これに対して返ってきた答えは意外なものだった。

 「私はね、この土地が欲しいと思えば隣に一坪買って、朝から晩まで鉦、太鼓を叩く、向こうの地主がイヤになって手放すというようなあくどいことはやったことがありませんよ」

 モラルを問うているのに、角さんは土地の売買の手法の話としてしか受け取れないのだ。それを報じた新聞の街のコメントに「まさに土建屋そのもの」というのがあった。