ユーロ期間中に行われる
英のEU離脱を問う国民投票


 11日にフランス南部マルセイユで行われたイングランド-ロシア戦では、双方のサポーターがスタジアム内で衝突。ロシアのサポーター集団が人種差別的なチャントを繰り返し、発煙筒の投げ込みなどを行ったのが発端とされる。双方のサポーターは試合前にもマルセイユ市内で乱闘を展開しており、少なくとも35人が負傷したと地元警察は発表した。大会を主催する欧州サッカー連盟(UEFA)は12日、イングランドとロシアに対して、それぞれのサポーターが新たな暴動を起こした場合には代表チームの失格処分もありうると警告。14日にはロシアサッカー協会に対し、15万ユーロの罰金を科している。

 イングランド・サポーターの動きを警戒する英政府は16日にイングランド-ウェールズ戦が行われるフランス北部のランスに英警察を増援部隊として送る計画を示していたが、15日にはランスからわずか数十キロしか離れていないリールでイングランドとロシアのサポーターが再び乱闘騒ぎを起こした。チケットのないイングランド・サポーターが16日の試合をパブなどで観戦するためにリールに移動したところ、スロバキア戦後に町の中心部に戻ってきたロシア・サポーターと遭遇し、一部で乱闘が始まった。

 話をマルセイユの乱闘に戻そう。英メディアはロシアやイングランドのサポーターで暴力行為に加担した者を、「フーリガン2.0」と呼び、スマートフォンを使って指定された場所に集まり、暴力行為をウエアラブルカメラで撮影し、SNSに投稿する新種のフーリガンの登場に警鐘を鳴らしている。タブロイド紙デイリー・エクスプレスは、マルセイユでの乱闘騒ぎでフランス警察と対峙したイングランド・サポーターの集団が、「ヨーロッパなんぞクソくらえ。こっちから出て行ってやる」というチャントを繰り返していたと伝えている。

 マルセイユでイングランド・サポーターが連呼したEU離脱を支持するチャントがイギリス国民全体の思いをどれだけ代弁しているのかは不明だが、この数日の間にイギリス国内で行われた複数の世論調査では、「離脱派」のリードが続いており、英タイムズ紙が14日に発表したデータでは、離脱派が46パーセントで残留派が39パーセントという結果だった。

ロシアに土壇場の失点、あと一歩で勝利を逃したイングランドは
ロシアに土壇場で失点、あと一歩で勝利を逃したイングランド
 イギリスのEU離脱をめぐっては、実際に投票が始まるまで展開が読めないという指摘もある。興味深いことに、イギリス政治史の中でフットボールの試合結果が有権者の意識を瞬時に変えてしまったかもしれないという逸話が残っている。1970年6月18日に行われた総選挙では、人気の高かったハロルド・ウィルソン首相率いる与党労働党の勝利が確実視されていたが、僅差で保守党が勝利し、ウィルソン政権は終焉を迎えた。

 実は投票日の4日前に、メキシコで開催されていたワールドカップの準々決勝で、イングランドは西ドイツと対戦し、延長戦でゴールを許し敗北している。4年前の大会で優勝していたイングランドが、4年前の決勝と同じような形で西ドイツに敗れたことに、イギリスでは多くの人がショックを受けたのだという。「現状維持ではなく、何かを変えなくてはいけない」という集団心理が突如発生し、ウィルソン首相が退陣に追い込まれる要因になったという指摘もある。1970年の政権交代後、保守党のエドワード・ヒース首相は欧州経済共同体(EEC)への加入を実現させたが、ユーロ2016でもフットボールが世論を変えてしまう可能性はあるのだろうか?

 イギリスのEUからの離脱を問う国民投票は23日に実施され、遅くても24日には投票の結果が発表される見通しだ。ユーロ2016のグループリーグは22日に終了し、25日からは決勝トーナメントがスタートするが、大会前半のクライマックスともいえるグループリーグの結果がはっきり出る時期に、ドーバー海峡を超えたイギリスでは共同体としての象徴であるEUから離脱する可能性があるのだ。前述したように、ここにきて離脱支持派が勢いを伸ばしていることも気になる部分である。

 英ガーディアン紙でコラムニストをつとめるマリーナ・ハイドは「フットボール界からのEngxitとEUからのBrexitの両方が実現してしまうのか」というタイトルのコラムを11日に寄稿している。「Brexit」はイギリスのEU離脱を意味し、ブリテンとエグジットの造語だ。ハイドがコラムで紹介した「Engxit」は、イングランドとエクジットの造語だが、これはEU離脱ではなく、フーリガン問題などで国際大会からつまみ出される可能性に少なからず直面するイングランド代表を意味している。UEFAはロシアに対して厳しいペナルティを与えたが、一部のイングランド・サポーターの行動はロシア・サポーターのものとあまり大差がなかったことはより認識されるべきだ。

 イングランドもウェールズも北アイルランドも、やがては敗北という形で大会から離脱するだろう。そして、今大会のパフォーマンスを見る限り、少なくともイングランドと北アイルランドは本国で国民投票が行われる前に、荷物をまとめて本国に帰還しそうだ。離脱という意味では、今大会からの敗北による離脱が、最も現実的で最も早く実現するだろう。