経済的不利益より主権回復が国益?


 もう一つが根深いEUの官僚体質への反発だ。EUは基本的に国家統合をめざすもので、EU内で決められたルールは例外なく域内に適用しなければならない。

 EUは巨大な公務員組織を抱え、その規模や複雑さは、公務員天国と呼ばれる日本をはるかに凌駕する。洋の東西を問わず公務員は高圧的で杓子定規のため、英国内では「主権が干渉されている」との風潮に対する不満が絶えない。

 歴史的に自由競争を通じた活力を重要視する英国と、政府による民間への介入を是とする大陸欧州では、規制に対する溝は少なくない。多くの英国民は、労働時間規制や製品の安全基準などEUのルールは厳格すぎると受け止めている。金融街のシティでも銀行員の報酬制限や金融取引税導入などに対する抵抗は大きい。

 そもそもEUは加盟国には緊縮財政を強いるのに、支出は過去10年で4割強増えた。財源は各国分担だから英国はドイツ、フランスとともに配分される予算よりも分担金が多くなり、2014年度で43億ユーロ(約5400億円)もの「赤字」となる。またEU予算の半分以上が農業や域内の低所得国への補助に使用される。このため、英国民にはEU官僚が権限と組織を肥大化させていると映る。

 そこで離脱派は「英国が欧州の自由貿易圏の一部であり続けることは可能だ」として「英国は毎週3億5000万ポンドをEUに払っている」のに、規制でがんじがらめだと指摘、その分を崩壊寸前の国民保健サービス(NHS)など社会保障や医療に回すべきだと説いた。「規制を緩和して、EUよりも中国やインドなどの新興国と独自に自由貿易協定(FTA)を結んだほうが英国の競争力を増す」と訴えている。

 実際に離脱すれば、英政府はEUなどと貿易などに関する取り決めを新たに結ぶ必要性が生じてくる。交渉には最長10年の期間が必要とされ、その間不透明感が強くなる。産業界の投資は延期され、金融センターであるシティの地位が低下し、グローバル企業が欧州の統括拠点を英国から欧州大陸に移して、経済が空洞化していく可能性もある。英国の経済に重大な影響を与えることは間違いない。ポンドは急落し、英財務省は国内総生産(GDP)が2030年までに6%落ち込み、英産業連盟(CBI)は95万人が失業すると試算する。悪影響は英国に留まらず、世界的なリスクは避けられない。

 経済的には輸出入の半分以上を依存する欧州大陸と断絶しては存立しないことを理解しながら、離脱派はEUから離れて英国の議会だけで物事が決められるようになることは主権回復を意味すると考える。そこでジョンソン氏らは、「経済での目先の不利益は主権回復に必要なコストで、長期的には離脱が国益にかなうはずだ」と問いかけた。

 こうした主張が移民急増で生活を脅かされかねない中間層やブルーカラーの心を捉えた。ロンドン大学経済政治学院のサイモン・ヒックス教授(政治学)の分析では、離脱を支持する有権者は、白人で保守党を支持する低学歴の中高年層で、「移民問題」に最も関心を示す中間層という。経済停滞でEUと社会の現状に憎悪と不信を深める彼らの怒りを汲み取った点でジョンソン氏ら離脱派はポピュリストであり、米大統領選で中間層の不満に便乗して共和党候補となったトランプ氏と酷似している。

 そこには、欧州よりも英国を優先する身勝手で排他的なイングランドナショナリズムが見え隠れする。こうした現象はイスラム移民排斥が強まるフランスや、シリア難民を拒否する東欧諸国、スペインからの分離独立を唱えるカタローニャ地方など昨今の欧州に共通する。