名誉ある孤立


 なぜ、そこまで英国は「主権」回復にこだわるのか。

 ドーバー海峡に霧が立ち込めた際、高級紙『タイムズ』が「海峡から濃霧 大陸から孤立」と報じたように、濃霧によって大陸(欧州)から切り離されるイメージが英国人を安らかにする。「欧州と一緒にはなりたくない」民族感情があるのだ。EU懐疑論の背景には、名誉ある孤立を尊び、EUを憎悪する誇り高い反欧州感情がある。

 15世紀の100年戦争以来、フランスとは19世紀に3度戦い、20世紀前半は2度ドイツとの大戦を経た。

 世界に君臨した大英帝国時代から育まれた「英国と大陸欧州は違う」との自負心から、大英帝国を知る世代を中心に「自国だけでやっていける」との思いが強い。このため、EUの前身、欧州共同体(EC)に加入した1973年から単一通貨ユーロ圏や「シェンゲン協定」に参加せず、「独自の立ち位置」を続けてきた。英国人は、英米法という欧州大陸とは異なるきわめて民主的な法体系をもつ。政治統合を避けてビジネスでの統合に留まり、国境撤廃や共通通貨導入など国家の根本で統合に背を向け、一定の距離を保ってきた。

 そもそも「統一ヨーロッパ」を構想したのは英国のチャーチル元首相だった。ところがソ連が崩壊し、旧東欧諸国がこぞって加盟して28カ国体制となったEUの主導権を握っているのはライバルの独仏だ。キングスカレッジ・ロンドンのアナン・メノン教授は、「離脱派の背景には、失われた大英帝国を懐かしむノスタルジーもあり、大国主義の名残が見え隠れする」と指摘。対照的にEUの中の英国として育った若い世代が残留を支持している。EU憎悪と帝国への郷愁という理屈を超えた感情がイングランドナショナリズムと結び付き、「中間層の不満を離脱派が内向きのポピュリズムで取り込んだ」(メノン教授)との見方が有力だ。

「アングロスフィア」連合


 大英帝国の遺産の一つに「アングロスフィア」連合(英語圏諸国連合)がある。同様の文化や言語、価値観をもつ米、英、カナダ、豪州、ニュージーランドのアングロサクソン諸国5カ国から成る米英同盟で、離脱派は、大陸欧州に代わって「アングロスフィア」連合なるものを再興して英国がリーダーとなり新時代の役割を担うべきと主張する。

 現在、アングロサクソン諸国5カ国は、エシュロンと呼ばれる米国の国家安全保障局(NSA)を中心に構築された軍事目的の通信傍受(シギント)システムで協力、情報共有しており、このインテリジェンスでの連携を経済や政治に発展させようという構想だ。

 しかし、国家連合で最も影響力のあるメンバーになるはずのオバマ米大統領が4月下旬に英国のEU残留を強く訴えたことで現実味を失っている。英語圏に郷愁を抱く離脱派には、米国が戦略的に貿易で最も優先するのは英国でもEUでもなくアジアであることを理解できない。オバマ大統領が個別貿易協定の締結を求めるなら、英国は「列の後ろに並ぶ」と発言したことで、「英仏海峡の代わりに大西洋」という選択肢はないことをEU離脱派は渋々認めた。しかし、この旧植民地ネットワークである英語圏連合構想は、国民投票で残留が決まっても、英国内でくすぶり続ける可能性がある。