演説で連盟の対日行動を要求


 そして、決議案はポーランドとペルーの二国が棄権し、採択されるのだが、その前に、中国の顧代表の問題の演説が行われた。当時の外務省が広田外相に送った報告書には「日本の侵略の事実、日本軍の暴行、第三国の権益侵害、等を述べ連盟の行動を要求する趣旨の演説を為せり」とある。

 顧演説の内容は次のとおりである。
 議長、私が皆様の前で決議案についての中国政府の見解を表明する前に、国際連盟理事会がこの状況にあって為し得ること、また私どもがぜひ希望することに関して、この数カ月間に発生した変化(註・日本軍の南京攻略)の状況を私が皆様に説明することをお認めいただけると私は信じます。

 日本軍航空隊は、世界各国一致の非難を無視して無防備都市の無差別爆撃を継続し、中国市民の大量虐殺を行っています。(略)しかもその大部分は婦女子です。また、軍規厳正を常に誇りとしていた日本軍が占領した地域での残虐かつ野蛮な行為は、戦争に巻き込まれた人々の苦しみと困難を増幅し、良識と人間性の感覚に衝撃を与えました(註・ここまでは中華民国政府としての見解)。

 その多くの例が中立的な目撃者によって報道され、外国の新聞に公表されていますので、その証拠をここで示す必要もほとんどありません。

 説明としては、ニューヨーク・タイムズ紙の特派員の描写を引用すれば十分でしょう。これは日本軍が南京を占領下の同市で起きた恐怖の光景で、一九三七年十二月二十日にロンドンのタイムズ紙に報道されたものです。記者は言葉少なくこう述べています。「大略奪、婦女暴行、市民虐殺、住居強制立ち退き、捕虜の大量処刑、頑健者には焼き印」

 日本軍が南京と杭州で犯した残虐行為につき、アメリカの大学教授や宣教師たちの報告に基づいた信頼のおける記事がもうひとつ。一九三八年一月二十八日付のデイリーテレグラフ紙とモーニングポスト紙にも掲載されています。

反日プロパガンダの〝原点〟たるデマの国連演説をした顧維鈞。このような人物が台湾逃亡後の国民党政権でも要職に就き、1957年から10年間も国際司法裁の判事を務めた
反日プロパガンダの〝原点〟
たるデマの国連演説をした顧
維鈞。このような人物が台湾
逃亡後の国民党政権でも要
職に就き、1957年から10
年間も国際司法裁の判事を
務めた
 日本軍が南京で虐殺した中国市民の数は二万人と推定され、また若い娘を含む何千という女性が陵辱されました。(略)日本陸海軍およびその他いくつかの英米両国の船舶への砲撃、駐南京米国大使館館員への襲撃、それにいくつかの欧米諸国の国旗に対する侮辱などが挙げられます。これらの事件は「暴行、謝罪また暴行」という日本の政策に見られる欧米諸国への軽視であるばかりでなく、極東における欧米諸国の重要な権益の存在そのものを巻き込んだ重大な問題であります。

 これは「中立国の権利および利益の尊重」を保障するという日本の宣伝の重要性に対して、世界の眼を荒々しくかつ苦悩を持って開かせることになりました。