蒋介石日記に凄まじい自軍の暴虐


 演説にあるニューヨーク・タイムズなどの「大略奪、婦女暴行、市民虐殺…」について、歴史議連の総括では、国民党軍の軍紀の乱れを記述した蒋介石の日記を引用した。

 それは「抗戦の果てに東南の豊かな地域が敗残兵の略奪場と化してしまった。戦争前には思いもよらなかった事態だ。(略)敗れたときの計画を先に立てるべきだった。撤兵時の略奪強姦など軍紀逸脱の凄(すさま)まじさにつき、世の軍事家が呼称を考えるよう望むのみだ」と自軍兵士の犯罪を嘆いているのである。

 演説ではまた、諸外国の同情を引く為に、パネイ号、レディバード号とアリソン領事殴打事件まで持ち出したが、この三事件を分析することで、逆に〝南京大虐殺〟は虚構だったことを証明することになった。

 歴史議連の総括によれば「ニューヨーク・タイムズとロンドン・タイムズの一九三七年十二月と一九三八年一月の記事を検証すると、一九三七年十二月は両紙ともパネイ号(米)の撃沈とレディバード号(英)が攻撃された記事が最大のニュースである。ニューヨーク・タイムズでは、その関連記事を同十三日から三十日まで連続十八日間報道。ロンドン・タイムズでも同十三日から三十一日まで四日間の休刊以外、連続十五日間報道していた」。両紙とも、市民が〝大虐殺〟されたなど、記者が確認した記事として報道していない。

 また、「第百会期国際連盟理事会」が開催された一九三八年一月二十六日―二月二日までの間、ニューヨーク・タイムズとロンドン・タイムズの重大ニュースは、一月二十六日のアリソン領事殴打事件である。この期間は、戦後〝南京大虐殺〟が実行されていたと喧伝されている時期と重複している。

 アリソン殴打事件とは、事件調査に日本軍憲兵と同行してきたアリソン氏が、日本軍中隊長の制止を無視して、無理に家屋内に進入しようとしたため、憲兵隊伍長にアリソン氏と同行のアメリカ人一人が殴打された事件である。日本軍の陳謝に対して、アリソン氏も「検察官的不遜な態度と領事としての立場を逸脱していたこと」を詫びている。

 このアリソン事件は、ニューヨーク・タイズムが、一月二十八日―三十日まで三日連続で、ロンドンータイムズでも一月二十八日、二十九日(三十日休刊)、三十一日と同じく三日間報道していた。現在、中国が「ホロコーストと比肩される南京大虐殺が実行されていた」と喧伝している期間内に、「約一週間もの間、ロンドン、上海、マニラのラジオニュースで大々的に報道された(略)」のがアリソン殴打事件だった。この事実は、一九三八年一月二十六日以降、一週間、アリソン殴打事件を上回る強姦、殺人事件がなかったことを示す。

 顧代表の政治宣伝は尚も続く。極めつきは「田中上奏文」である。「田中上奏文」とは、南京で出版された『時事月報』に漢文で初めて掲載され、英文パンフレットとなって世界に広がった。日本政府は当初から偽書と断じ、現在では世界でも本物と見る者はいない。

偽書まで持ち出し欧州を恫喝


 偽書「田中上奏文」を引用した顧代表の演説に戻る。
「日本による中国の軍事占領の強化とその地域の拡大は、その支配征服という悪意ある政策を明らかにしています。(略)これは中国の征服、アジアの支配および最終的には世界の支配を目指したプログラムの概要を記載した田中上奏文に明らかになっています。(略)田中上奏文は、中国に対する日本の継続的侵略行為のみならず、日本軍が中国における第三国の外国公館、外国の財産、および民間人に加える用意周到な攻撃を理解するに必要な背景になっています。(略)中国は、規約第十条、第十一条および第十七条に基づき連盟に提訴しました。連盟の忠実かつ献身的な加盟国として自国の領土の保全および政治的独立に対する外部からの侵略に対する保障を求める権利を十分に有します。
満洲国をめぐる連盟の介入に常任理事国だった日本は反発し、昭和8年2月の特別総会で脱退演説をする松岡洋右全権代表。5年後、反日的なムードの中でも顧維鈞のデマと姑息な工作は理事国に見抜かれていた
満洲国をめぐる連盟の介入に常任理事国だった日本は反発し、昭和8年2月の特別総会で脱退演説をする松岡洋右全権代表。5年後、反日的なムードの中でも顧維鈞のデマと姑息な工作は理事国に見抜かれていた
 この三カ条は、それだけで侵略国を抑制し、侵略の犠牲となった国を支援するための広範囲の行動を認めています。中国政府は、そのため、この義務を遂行するために必要な措置を取ることを理事会に対し、要請します(註・中国は演説のここで、連盟の「行動を要求」。また一九三七年九月二十八日と十月六日の日本非難決議は効力がないとして、再度連盟「行動を要求」している)。

 連盟に対する信頼を回復しその権威を取り戻すような効果的な措置をとることが義務でもあり機会でもあることを、中国政府は心から信じます。極東における破廉恥な侵略に対処するにあたり、断固とした建設的な政策を採用することは、世界の平和愛好国家の何億人という人々の承認と支持を受けるでしょう」
 そして、顧代表は、日本製商品の世界的なボイコットを組織的に実行することを求め、最後まで、日本を制裁することは、「世界的な重要性」とか、「欧州の平和の要因」などと述べて、「日本の対中侵略が野放しに放置されているかぎり、欧州の平和も危機に瀕し、欧州全体の和解も実現が難しくなります」と恫喝まがいの弁説をふるい、連盟の行動を求めて終了したのである(連盟議事録の翻訳は衆議院翻訳センター)。

 ちなみに、この議事録は『ドイツ外交官の見た南京事件』(石田勇治編集・翻訳、大月書店、平成十三年)でも要約され、紹介されている。しかし、「二万人の虐殺」と「何千人もの女性が辱めを受けた」という中国側の主張は掲載されているのに、顧代表が国際連盟に行動を要求した最重要部分を「以下、略」として削除しているのだ。このため、議事録の資料価値を低くみる研究者がいるが、それは最重要部分が明らかにされていなかったからなのである。