見せかけ見抜いた当時の外務省


 中国の顧代表の演説は、理事会での決議案採択前に行われた。だが、中国は理事会の前に行われた「四国会議」にも参加しており、英仏の反対で「日本への制裁」が拒絶されたことも十分に承知しての会議で日本非難決議が通らないことを承知していたのにも拘わらず、顧代表が執拗に国際連盟の「行動を要求」していたのである。

 これは中国による「政治宣伝」にほかならない。中国の〝南京大虐殺〟の政治宣伝の原点が、顧代表の国際連盟の演説にあり、まさにここからすべてがスタートしていたと見ることができるのだ。

 こうした中国側の狙いについては、昭和十三年二月十八日付外務省機密文書「第百回国際連盟理事会に於ける日支問題討議の経緯」でも触れられている。

 その分析の中では、「二月一日午後零時半ヨリ秘密会議ニ於テ一月三十一日ノ四国会談ニテ作成セル決議案ヲ上程シニ時迄審議セルガ、波乱ハ理事会外ニ於テ少数大国ノミガ勝手ニ協議シテ其ノ結果ヲ理事会二押付ケントスルガ如キ方法ニハ同意シ得ズトノ趣旨ニテ棄権ノ旨ヲ述べ披露、『エクワドル』モ本件ヲ理事会以外ニテ審議シ来レル手続ニ関シテ異議ヲ唱へ政府ニ請訓ノ要アル旨ヲ述ベタル為手続問題ニ付種々論議アリ結局一先ヅ散会シテ此等代表ニ請訓ノ余裕ヲ与フルコトト為リタリ」と理事会が紛糾したことがまず報告されている。

 その上で、中国側の演説について、「今次理事会ノ決議ハ国民政府支援ノ方針ヲ維持シヌ極東ニ特殊ノ利害関係ヲ有スル諸国間ニ於テ紛争ヲ解決スル機会ヲ検討スルコトヲ期待シテ紛争解決ニ付国民政府ヲ見離サザル『ジェスチュア』ヲ示シタルハ注意ニ値スルモ大体ニ於テ昨年十月総会決議ノ範囲ヲ得出テズ、右決議中特殊利害関係アル国家卜云ヘルハ米国ヲ引入レントスル為ナルベク、今後共所謂特殊利害関係国間ニ於テ連盟二依リ又八九国条約ニ基キテ極東問題ヲ協議セントスル建前ハ崩サザルモノト認メラル」としているのだ。

 つまり、当時の外務省は、顧代表の「日本非難演説」を「ジェスチュア」と見抜き、注意を喚起していたのだ。また、中国がアメリカを引き込む狙いがあった点も分析していた。つまり当時の外務省は、これが、中国の政治宣伝であることを把握していたのである。

国民党も共産党も変わらぬデマ体質


 ただ、肝心の「南京で二万人の虐殺」という数字が報告されていない。もしこの時点で、中国が主張した「二万人」を日本側が論破していれば、今日の〝南京大虐殺〟論争などなかったであろう。

自民党歴史議連・南京問題小委員会の調査検証総括として「大虐殺」が捏造であることを発表する委員長の戸井田徹衆院議員=平成19年6月19日
自民党歴史議連・南京問題小
委員会の調査検証総括として
「大虐殺」が捏造であることを
発表する委員長の戸井田徹衆
院議員=平成19年6月19日
 これまで〝南京大虐殺〟の政治宣伝は、英マンチェスター・ガーディアン紙記者、ティンパーリーによる『戦争とは何か=中国における日本軍の暴虐』(一九三八年七月、中国語に翻訳)が原点とされてきた。その中では、政治宣伝としての虐殺数は「四万人」となっていた。今回、歴史議連の総括で〝南京大虐殺〟の原点が「二万人」と判明したことは、中国の政治謀略を解明する上で、決定的な意味がある。

 中国の政治謀略は、政権が国民党から共産党に代わっても本質は何ら変わることがなかった。

 この点について、歴史議連は総括の中で、「国民政府政治部は陳誠を部長に、周恩来を副部長とし、その下に四つの庁を置いて抗日宣伝、情報収集等を行っていた。『戦争とは何か』は、一九三八年七月、中国語に訳され、郭沫若が序文を書き、抗日宣伝の教材として頒布された」と明らかにした。

 南京戦当時、抗日宣伝をしていた周恩来と郭沫若は戦後、中国共産党政府の首相と副首相に就任しているのだ。これを見ても、中国の政治謀略の一体性が分かるではないか。

 この国際連盟の議事録の問題は、平成十九年二月二十一日の衆院内閣委員会で取り上げられ、自民党の戸井田徹議員の質問に対し、外務省は、「(当時)中国代表の顧維鈞という人物が、南京における旧日本軍兵士による殺害や略奪行為について言及した(略)。一方、決議においては明示的な言及はなかった」と明確に答弁しているのだ。