帰国後の「証言」と同調する学者


 三番目は帰国後の「証言」である。平成元年八月、NHKは「撫順・太原戦犯管理所 1062人の手記」を放送した。中帰連の知名度は一気にあがり、取材やら学校からの講演依頼やらが舞い込んだ。「アサヒグラフ」も取材のうえ「いま戦争を問い直す」とした特集を組んだが、相変わらず彼らの言を鵜のみにし、裏づけをとった様子は見えない。

 中帰連は「反戦平和部」を強化、番組に出演した小島隆男中尉(五十九師団機関銃中隊長)が部長に就任、とくにマスコミの取材に積極的に応じる一方、出版活動も強化していった。中帰連はメディアの有力な情報源の地位を確立したのである。

 小島中尉は自ら範を示そうとしたのか、後述の「八千人強制連行」、七三一部隊「コレラ作戦」などを積極的に証言する。また、中国に出かけては聴衆の前で強制連行を告白・謝罪する。それを朝日新聞が写真入りで「元機関銃中隊長、しょく罪、告白の行脚」(平成五年七月十五日付)などと大きく報じた。中帰連が組織された当初は、抑留中の補償を日本政府に求めるなど経済問題が中心であったが、この時点では「日本の右傾化を阻止する」ため、天皇の戦争責任追及を含めた政治活動へと変質していたのである。

 四十五人の供述書が朝日と共同通信社に持ち込まれたことは既述したが、月刊誌「世界」に三人の師団長を含む八人の供述書が公開された。藤原彰・元一橋大学名誉教授が冒頭「史料の意義について 『三光政策』の実態」とした解説を加えている。藤原教授といえば、南京事件による犠牲者二十万人以上を主張した大虐殺派の大御所であった。

 まず供述内容について「本人が事実をすべて認めているだけでなく、その内容がきわめて詳細でかつ正確なのである」と総括。日本側の「戦闘詳報」などの史料と照合しても明らかだとも言い、手放しの傾倒ぶりである。そして、抗日根拠地に対する燼滅(じんめつ)掃討作戦、遮断壕の構築、無人地帯などをあげて「三光政策そのもの」だとし、さらに「慰安所の設置と『慰安婦』の強制連行などが、軍による組織的行為として行われていたことも明らかにされている」など、供述書を全面肯定した。

 これらは『侵略の証言』(岩波書店、平成十一)になった。藤原は解説「『三光政策』の実態」を書いているが、「史料の意義について」という表題は消え、おかしなことに右に引用した部分がことごとく消えているのである。批判の前に「うまくない」とでも思ったのだろう。中帰連は「すべて事実だ」とし、少なくない学者が藤原同様の見方をしている。

 となれば、多くの虚偽例を示すことこそが、藤原らの主張が見当違いだと言うために必要であろう。以下、「中国の旅」の検証結果と中国戦犯証言の信憑性について略記する。