「中国の旅」の検証結果は…


 連載で最初に報じられた「平頂山事件」は昭和七年九月、撫順炭鉱が襲撃されたことに端を発した日本軍による住民殺害事件である。中国のいう犠牲者三千人が、検証抜きで教科書、百科事典などに載った。だが、資料、証言はことごとく六百人前後を示している。事件は軍の蛮行で非難は免れない。ただし、中国の報告書『平頂山大屠殺惨案始末』は創作部分が多く信頼性は低い。

「平頂山事件」が捏造であることを田辺氏が検証し、著書としてまとめた『追跡 平頂山事件』(図書出版社、昭和63)
「平頂山事件」が捏造である
ことを田辺氏が検証し、著書
としてまとめた『追跡 平頂
山事件』(図書出版社、昭和63)
 「万人坑」とは、主に満州の日本経営の鉱山や大規模な工事現場で、労働者にろくな食事も与えず過酷な労働を強要、ケガや病気などで使いものにならなくなると、生きながらも捨てた「ヒト捨て場」だと説明されている。犠牲者二十五万―三十万人の撫順炭鉱、一万七千人の南満鉱業が取りあげられた。後者は人骨発掘現場に記念館が建つ。

 本多はアウシュビッツ収容所を見たことはなく、「だからこの万人坑のような恐ろしい光景は、生涯で初めてであった」とし、その衝撃は「脳裏に終生消えることのないであろう擦痕を残した」と書いている。

 中国は大同炭鉱、豊満ダムなど二十カ所近く、人骨の展示館を開設している。だがこれらは中国のでっち上げである。証明はそれほど難しくない。「万人坑」と検索のうえ、大量の写真を集めたサイトを見てほしい。もしこのでっち上げが事実とされたら、日本の異議など世界は相手にしなくなるだろう。

「南京事件」については、「百人斬り競争」を蒸し返し、「三十万人大虐殺」を流布したとだけ記しておく。
田辺氏㊥の質問に「慰安婦狩りなどなかった」ときっぱり否定した炭江秀郎㊨、森友衛㊧の両副官=平成10年10月
田辺氏㊥の質問に「慰安婦狩りなどなかった」ときっぱり否定した炭江秀郎㊨、森友衛㊧の両副官=平成10年10月
「三光政策」について、本多は「南京大虐殺」は市民や捕虜多数を無差別に殺害したが、それでも「軍の最高方針による計画的虐殺ではなかった」とし、八路軍の活躍が目立ちはじめた昭和十五年頃から「三光作戦」としての皆殺し、「三光政策」としての計画的虐殺が本格化したというのである。根拠のあやふやなこの解釈が幅を利かした。

 だが、「三光作戦」という作戦名はもちろん、「三光」という言葉さえ前線の日本兵は聞いたことがないのである。ただ、「三光政策の村」として取りあげられた「潘家峪(はんかよく)」の出来事は存在する。例によって死者数など違いは大きいが、現場にいた下士官(複数)から話は聞き取ってある。