チェルノブイリ事故に比べて文化的ムーブメントの終息が早かった理由


山本 私は奈良県生まれです。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、奈良県は比較的平和教育に熱心な土地です。私が保育所に通っているとき、8月6日が登所日で広島の歌を歌いました。小学校の修学旅行は広島で、被爆者の話を聞きました。学校教育で習う核は原爆であって原発ではありませんでしたが、平和教育で教わるような「しかめ面」で話す真面目な話題として、核がありました。

 ただ「ちょっと待てよ」という気持ちもありました。一方で、さまざまなポピュラー文化や映画などの中で、私たちは核を「楽しんでいる」ではないかと思いました。最初に強く印象に残ったのは、小学校から帰って来たときにテレビで再放送していた「北斗の拳」です。「北斗の拳」の第1回目に、「199X年、世界は、核の炎に包まれた」とあるのです。核戦争後の世界から始まっていることが非常におもしろかった。核は、学校教育や新聞や書店の雑誌ではしかめ面で語られます。一方で、同じ書店でも、漫画ではおもしろおかしく設定に使われます。恐れながらも楽しむという二面性がどこから生まれたのかということを解き明かそうとして、『核と日本人』を書きました。

 開沼さんの話ともつながります。3・11以降の日本社会で原発に関するメディア上の表象、文化、表現がたくさん出ましたが、意外と早く引く傾向にあったと思います。何をもってそう言えるのかというと、1986年にチェルノブイリ原発事故が起きました。そのあと、一種の流行といえるほどの大きな文化的ムーブメントとして、例えばロック歌手が反原発を歌ったり、雑誌がたくさん出たり、朝まで生テレビで取り上げられたりしました。それと比べると、終息が早かったのではないかと思います。
開沼 その認識は同意しますね。なぜだと思いますか。

山本 仮説なので間違っていたら訂正してください。ぼくは、日本社会における表現への自粛の圧力が、昔よりもやや上がっている気がするのです。それは決して悪いことではありません。たとえば、自分の言ったことが、意図しない結果で相手を傷つけてしまうかもしれない。悪質なものがハラスメントです。よくコンプライアンスと言います。それが社会問題化し、自分の行為や表現が人を予期せぬ結果で傷つけてしまうことを過剰に恐れて、先回りして自粛する傾向がある。1990年代ごろから、コンプライアンス社会の圧力が顕著になったのではないかと思います。それは成熟した社会である一方で、表現が弱りかねないのではないかと思います。