初期の広島・長崎の被爆者のイメージは、とてもポジティブだった


山本 戦後すぐは、アメリカの占領軍による検閲がありました。広島がひどいことをされたとあまり言うと占領軍にとって不都合なので、被害を表に出すような報道は基本的にほとんどなされていません。そのような状況を前提にお話しします。

 たとえば、1946年に出た広島を書いた阿川弘之の「年々歳々」という短篇小説で、登場人物が「被爆した女の人と結婚すると三つ目の子どもが生まれるんだって」などと言う。これはネガティブな例です。この部分は検閲により削除されてしまいました。ポジティブというか「楽しい」例もあります。広島が原爆を受けた年に、大きなカボチャが採れた。地元新聞がこれをアトミック・カボチャとして取り上げている。

 3・11以降の福島では、基本的に「楽しい」はおそらくほとんどないと思います。その点は違う点ですが、広島でも、現実を踏まえる前にイメージが先行してしまった例が広く見られました。
オバマ米大統領広島訪問から一夜あけた平和記念公園(撮影・山田耕一)
オバマ米大統領広島訪問から一夜あけた平和記念公園(撮影・山田耕一)
開沼 原爆投下後、初期に占領軍が被害の有無の情報を独占した。そのことで、「当事者になりきれなかった」ということですね。つまり、日本国民からしたら、あとから「実はそうだった」と知ったことがけっこうあった。5年以上経ってみてから「これは確かにひどいことが起こっていたんだ」と、遅れて、被爆国の当事者に「なって」いったわけですね。

山本 そうです。東京大学、京都大学、九州大学の学者が調査団として入りましたが、調査の内容が明らかになったのは占領が終わったあとでした。広島・長崎の被爆に関する情報はGHQが握っている状況でした。被爆者も、自分たちの状況をあとから再発見していく。そこが違います。

開沼 それが具体的にポップカルチャーに影響を与えたわけですね。

山本 そうなんです。そのことは、本の最初に書きました。占領下におけるポピュラー文化に出てくる核は、『超人アトム』や『アトム少年』のように、力士も倒せるような能力をもっているアトムという名前の主人公が登場する。なぜそんな能力があるかというと、「広島や長崎で被爆したからだ」というSF設定があります。手塚治虫の『鉄腕アトム』よりも前です。

開沼 最も初期の「被爆者」のイメージについて、とてもポジティブだったわけですね。

山本 戦後、一貫してありました。漫画の『8マン(エイトマン)』では、敵役が被爆して超能力を身につける。被爆という言葉が、荒唐無稽な物語の説明になってしまうわけですね。開沼さんの本にもありますが、放射線被曝は専門家にしかわからない内容だから語りにくいしわかりにくい。だからこそ一種のマジックワードになってしまい、それを楽しんでしまう状況が、戦後の日本に一貫してあった。

開沼 そういった出始めの科学技術にまつわるマジックワードというのは、いつの時代でもその都度あるんですよね。たとえば最近なら「IT」。出始めは、これがあれば何でもできるみたいに言われていた。企業名にもやたら「サイバー」とか「インター」とか「インフォメーション」とかいう言葉が使われてきた。それと構造的には同じです。1940、50年代の、科学の最先端には「アトム」があって、そこに多くの人が夢をみる一つのメディア(媒介)となっていたわけですね。省庁再編後に無くなってしまいましたが、戦後成立した科学技術庁という省庁がかつてありました。ここが扱った大きな軸が2本あって、原子力開発と宇宙開発です。日本の国策としても核・原子力は最も秀でたマジックワードなのかもしれない。そう捉えてよいですか。

山本 ぼくはそう捉えてよいと思います。もちろん宇宙や、一時期の日本では南極探検隊も科学技術の華々しい成果として取り上げられました。

開沼 最近では、STAP細胞事件あったわけですが、生命科学系ですね。

山本 まさに「何でも解決できる」かのような連想を与えてくれる科学技術。しかもそれは一般人にはわかりにくいから、専門家に任せておかなければならない。そのような感じで社会に浸透していく。