何ということであろうか! 書いた本人が正直に「一体なにを意味するのか私にはわからなかった」と笑いながら告白しているのに、それから、六十八年後になっても、街頭には、「九条を守れ」というプラカードを掲げて人が立てば、TVカメラはそれを全国に放映し、国会内では、九条の枠内で延々と馬鹿馬鹿しい議論が続いている。

 憲法九条を書いたこのケーディスという野郎、今は年齢百五歳のはずだ。生きていても亡くなっていても、古森記者に、「びっくりするほどの率直さで答えた」ことを評価し、「無邪気なヤンキーのあんたが意味が分からんと書いた九条を、まだ日本の国会の○○が盲信しとるぞ」と報告し、「あいつらに化けて出て、お前は○○か」と言ってくれと要請したい(○○とは「あ」と「ほ」)。

 自民と公明の与党は、一年以上にわたって「自衛権」のうち、「あれはできる」が「これはできない」の議論を大真面目に続けてきて、こんどは国会で、社会党的先祖返りをした野党が加わって、くそ暑い中、やっている。
 
 与党のもともと馬鹿馬鹿しい妄想の上に、野党の、さらに馬鹿馬鹿しい妄想が積み重なっているのであるから、たまったものではない。私に電話をかけてくれた先輩の、「馬鹿馬鹿しいからメシ食いに行こう」が極めて適切で正しい。

 さて、馬鹿馬鹿しいことにこだわっていても生産的ではない。従って、ことの本質を述べたい。
日が落ちても続く、国会前の安保法案反対デモ。
警官隊との小競り合いが続いた=2015年9月16日、国会前
日が落ちても続く、国会前の安保法案反対デモ。 警官隊との小競り合いが続いた=2015年9月16日、国会前
 まず第一に、国家の自衛権は、国家が国家であれば、制限なく行使するのだ。緊急事態の中で、「あれは行使できるが、これは行使できない」というような自衛権はない。

 従って、内閣総理大臣(大統領)が、(自衛権を)「行使する」と言ったら、それだけで議論の余地はない、議論終了。これが「最高指揮官」というものだ。

 あとは「最高指揮官」から、緊急事態に対処することを命じられた指揮官の「本能と知性」(ドゴール将軍)に委ねられる。これがシビリアン・コントロールというものだ。

 安倍総理は、与党内の馬鹿馬鹿しい議論の前に、集団的自衛権を「行使する」と明言した。よって、これで十分である。アメリカは、この安倍総理の明言を受けとめ評価して、四月二十九日の上下両院での安倍演説に拍手したのである。

 我が国にいま必要なことは、「平和のための戦略」である。「平和のための戦略」とは、即ち、「平和を願うならば、戦いに備えよ」ということである。
 現在の国会に欠落しているのは、これだ。現在、マスコミが全国に放映したがるプラカードには「戦争するな」と書かれている。これに対して、責任在る者は、次の通り答えねばならない。
 
 「戦争ができなければ平和を守れない」
 
 「軍備よりも福祉を」というスローガンに対しては、「国防は最大の福祉である」と断固として答えなければならない。国会内の○○が、「この法案は、戦争をするための法案でしょう」と質問すれば、「その通りだ」と明言しなければならない。

 我が国を取り巻く情勢は、これほど厳しい!
(「西村眞悟の時事通信」2015年7月13日分を転載)