ひとつだけ、気になるところを提示したい。ケンブリッジ飛鳥が「決勝に出たら、所属先のドームが一億円のボーナスを約束」といった記事に刺激されたか、山縣の所属先であるセイコーも「決勝進出か9秒台達成で、五千万円の時計を贈呈」などと、景気のいいボーナスのニュースが紙面を賑わせている。

 こういう景気のいいニュースは、総じて「明るい話題」という扱いだが、「ちょっと待てよ」と感じた。春先、野球賭博への関与に端を発して、プロ野球各チームの「声出し」の報酬やらまで大問題とされた。エラーなどの罰金を集めて、何らかの賞金にすることも「賭博的」だと糾弾されたのだ。

陸上日本選手権の男子100メートルで力走する(左から)優勝したケンブリッジ飛鳥、2位の山県亮太、3位の桐生祥秀=6月25日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアム
陸上日本選手権の男子100メートルで力走する(左から)優勝したケンブリッジ飛鳥、2位の山県亮太、3位の桐生祥秀=6月25日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアム
 ケンブリッジ飛鳥や山縣亮太へ、所属先が出す報奨金はいわば成功報酬だから非合法とは言えないだろうが、馬の鼻先に人参をぶら下げる卑しさも感じないわけではない。スポーツ選手が資本家に支配されている構図にもなる。

 少し視点を変えて考えてみよう。 もし日本選手が偉大な記録を突破したら、誰から賞金ないしは成功報酬を受け取るのが最もうれしく、ふさわしいだろうか。所属企業からもらうのは、 「あなたは立派に会社の宣伝に貢献しました」という意味で、記録や成績を直接的に評価されたとは言い難い日本の誇り、日本社会への功績というなら、国や公的なスポーツ組織が財源となるべきだろう。いや国に支配されたくないというなら、民間の任意団体が、クラウドファンディングではないが、有志の個人から募金を集める方法もある。もっと発展的にというか、単純に考えたら、どうしてオリンピックには賞金がないの? という問いかけがないのも不思議だ。

 「陸上男子100mの優勝賞金は一億円」といった制度になっていくのも、現状の商業主義的流れから言えば当然ではないだろうか。種目ごとにスポンサーを募ることも有効だ。ロンドン五輪では一大会でIOCは約6400億円の収入を得たと言われる。これを選手に還元しない方針が今後も許容されるとは考えにくい。賞金が設定されれば、所属企業が賞金を出すようなマスターベーション的な仕組みからも脱却できる。