冒頭の共産党ではないが、そもそも安保法制の行使主体である自衛隊そのものが違憲であるので、当然に安保法制も違憲なものとみなすのは自然な流れだ。だからこそ共産党は、安保法制を「戦争法案」と批判しているのだろう(筆者は愚論かデタラメだと思うが)。

 日本報道検証機構がまとめた記事だと、実名がわかっている人たちの回答をまとめてみると、当たり前だが自衛隊を違憲と思っている人全員が、安保法制を違憲だとみなしている。他方で、自衛隊は違憲ではないと答えた憲法学者は実名では19名。そのうち違憲だとするものは8名、違憲ではないとするものは2名であった。
「立憲デモクラシーの会」が主催する集会で、発言する早稲田大の長谷部恭男教授(右端)=2015年9月16日夕、参院議員会館前
「立憲デモクラシーの会」が主催する集会で、発言する早稲田大の長谷部恭男教授(右端)=2015年9月16日夕、参院議員会館前
 陪審定理にはいくつかの前提条件があるのだが、その前提のひとつに「空気を読め」とか「ボスの支持にしたがう」など、自分の熟慮以外のものに影響されないというものがある。しかし自衛隊を違憲であるとするのはかなり政治的なバイアスをもつことは自明ではないだろうか。

 例えばアベノミクスのうち、金融政策はリフレ政策ともいわれているが、このリフレ政策を支持しているマルクス経済学者もしくはその影響にある人は、筆者の知る限り、日本では松尾匡・立命館大学教授と稲葉振一郎・明治学院大学教授の二名ぐらいである。他の数千名に達するだろうマルクス経済学者たちはリフレ政策に反対か懐疑的である。マルクス経済学者に「リフレ政策は正しいか否か」を聞き、その結果を陪審定理で判断したら、間違いなく、リフレ政策は「誤ったもの」になってしまうだろう。つまりこのケースもそうだが、自衛隊=違憲という政治バイアスをもつ憲法学者が多数のケースに陪審定理を単純に応用するのは正しくないのだ。

 ちなみに自衛隊を合憲とする人たちだけに絞り、陪審定理を適用しなおすと、安保法制が違憲であるという人たちが「正しい意見」になる確率は約55%になる。約99%とした坂井氏とは違い、まさに安保法制が専門家の見地からみても容易にどちらが「正しい解釈」であるのか、少なくとも陪審定理ではほぼ半々だ。このような安易な理論の援用ではなく、安保法制が日本の安全保障という現実の前でどのような意味をもつか、それと憲法解釈との真摯な対話という、まさに立憲主義の本義に沿って問うべきことだろう。