「ゆとり教育」はマスコミの造語だった


 ここではっきりさせておかなければならないが、「ゆとり教育」というのはマスコミの造語であって、文部科学省が公式に使う言葉ではない。正確に言うなら「小学校で2002年度から導入され2010年度まで使用された学習指導要領に基づく教育」だろう。当時「ゆとり教育のスポークスマン」とされた私も、記者や対談相手との議論においては「ゆとり教育」を使ってきたが、それはあくまで便宜上の理由である。

 馳大臣も、記者会見でのやりとり上の便宜を図って「ゆとり教育」としたのだろう。記者の側からの「今朝、一部報道で、大臣が近く、ゆとり教育との決別を明確にされるという報道がありましたが、その点についていかがでしょうか」との質問に答えているわけだから。

 マスコミが言う「ゆとり教育」は必ずしもイコール「小学校で2002年度から実施され2010年度まで使用された学習指導要領に基づく教育」とは限らない。小学校で1980年に実施された指導要領や次の1992年に実施された教育も「ゆとり教育」とする場合も多い。それは、80年指導要領が初めて教育内容や授業時間を縮小し、92年、02年指導要領もその方向をさらに進めているとの意識に基づいている。

 これに対して文科省側は、「ゆとり教育」という言葉が作られ批判が始まったのが02年指導要領の導入時だったことから、この言葉を「02年指導要領に対するマスコミの(誤解に基づく)批判的呼称」として受け止めた。だから、当時02年指導要領導入のスポークスマンだった私は、誤解を解くことに全力を尽くしたのである。

 誤解とは何か。それは「量」と「質」に関するものである。

 80年以前は、明治以来一貫して教育内容や授業時間の量を増やす方向に力が注がれ、質の方は学習意欲や能力の高い子どもも低い子どもも皆同じ学習内容となる画一主義と、教師からの一方的な指導を受動的にこなす学習方法に限定されていた。近代化を進めていく過程では、就学率や進学率を高めるのを含め量を増やしていくのが最優先であったのは至極当然の方策だったと言えるし、国民もそれを求めた。

 しかし、高度経済成長を成し遂げ世界の経済大国になった日本は、量だけを追求する社会ではなくなってくる。それが、70年代になってマスコミを賑わせた「詰め込み教育」批判だ。文部省(当時)は、その批判を受けて80年指導要領で初めて量的縮小の方向へ舵を切る。国民も、教育の量さえ多ければいいとは思わなくなった。75年には、それまで上昇の一途だった高校進学率と大学進学率が頭打ちになる。