日本型デモクラシーの起源

 
 主権者教育の実施にあたって、総務省はイギリスのシティズンシップ教育を模範とした。

 シティズンシップ教育とは、「市民」としての自覚を促す政治教育の一種である。イギリスでは初等教育の段階から実施されており、そういった他国には例を見ない独自性に総務省は目を付け、イギリスの例を参考にしたのだろう。

 このシティズンシップ教育は、市民の育成を主眼としたものである。ここにおける市民とは、合理的な利益判断ができ、政治行動などにも積極的に参加する能動的な市民のことを指す。

 私も能動的な市民の存在は政治、デモクラシーにおいて重要な存在だ、という考えに異論はない。しかし、それだけでは不十分に思える。

 政治というもの、具体的にいえば、社会問題の解決や共同体の意思統一などを行なう際、必要とされるのは何も自身の利益を守る行動や権利意識だけではない。他者との協調や妥協などといったことも、デモクラシーにおいては必要不可欠である。

 仮に近代欧米におけるデモクラシーを「討議型のデモクラシー」と定義すれば、日本におけるデモクラシーの起源とは、徹底した「熟議」によるものといえるのではないだろうか。

 民俗学者の宮本常一は、自著のなかで対馬における寄合のエピソードを紹介している。

 宮本は調査のため、対馬西海岸の仁田村伊奈を訪れ、そこで古文書を拝借したい、と区長に申し出た。すると区長は、その古文書は重要な文書であるから、寄合で審議しなければならないと言い、古文書の貸し出しの是非をめぐり、村人と寄合を1日にわたり、開いた。その寄合では、20人余りの村人が、古文書の件やそれ以外の地域でのさまざまな課題について、村人の皆が納得するまで、老人の知恵や村の伝統なども考慮しながら、徹底的に熟議したという。

「村でとりきめをおこなう場合には、みんなの納得のいくまで何日でもはなしあう。はじめには一同があつまって区長からの話をきくと、それぞれの地域組でいろいろに話しあって区長のところへその結論をもっていく。もし折り合いがつかねばまた自分のグループへもどってはなしあう。(中略)気の長い話だが、とにかく無理はしなかった。みんなが納得のいくまではなしあった。だから結論が出ると、それはキチンと守らねばならなかった」(宮本常一『忘れられた日本人』)

 そして、この徹底した熟議による寄合は、なにも対馬特有のものではなく、全国的に、少なくとも西日本一帯には存在したと宮本は指摘している。

 この宮本の例をもって、日本は古くからデモクラシー国家であるとするのは早計だろう。しかし、少なくとも日本には日本なりのデモクラシーのあり方があったことは、否定し難い事実ではないだろうか。

 村落での寄合の例を出さなくとも、戦後日本の政治史をみれば、55年体制下でのいわゆる派閥政治や職能団体と密接に関連した政治の意思決定プロセスなどは、欧米とは異なる日本型のデモクラシーがあったことを、如実に示している。

 そのように考えた場合、現在進められている主権者教育には、熟議や協調などの日本的なデモクラシーの要素が軽視されているように私にはみえる。

 バブル崩壊後、先ほど挙げた派閥政治や職能団体と密接に関連した政治などは、厳しく批判されてきた。そして、そういった思潮は脱派閥、脱官僚を訴える小泉政権、さらに民主党政権を誕生させた。しかし、そういった思潮は、日本の戦後政治のあり方を全否定しようとする短絡的なものであり、実際、民主党政権における「改革」の多くは失敗あるいは頓挫し、現在でも、政治不信という形で少なからず影響を残している。

 われわれはたんに欧米から輸入するのではない、日本の国柄に合った新たな主権者教育、政治教育のあり方を創造していく必要があるだろう。
  
 さらにいえば、十代の若者を立派な「主権者」にするには、その前にまず立派な「日本人」であるべきだ。

 政治上の諸問題や社会問題について考える際、われわれは当然、その問題が起きている〈場所〉を知らなければならない。たとえば、日本人は、遠いアフリカのアンゴラ共和国で起きている経済問題や保健問題などの課題について解決策を考え、現地の人びとに提示することは困難である。それは当然、日本人がアンゴラという国についてよく知らない、という理由に起因する。

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 それと同じように日本という国家について何も知らずに日本の社会問題や課題について何かを論じることは、不可能である。

 主権者教育が日本という国家の問題を適切かつ真面目に考え、論じることのできる「主権者」を育成するのならば、それは必然的に日本という問題の発生場所を、深く教えなければならない。そして、日本を深く知るということは、日本の伝統、文化、歴史、地理を知ることであり、何より日本の国語を学ぶということである。

 現在、欧米ではグローバル化が進展し、それと並行して格差の拡大や難民の流入などさまざまな問題が指摘されている。そういったなかで欧米では「ナショナルなもの」への再評価が行なわれている。国民の同胞意識やナショナルな言語、文化、そしてそれらへの愛着(愛国心)が、じつはデモクラシーにおいては不可欠ではないか、という主張が盛んに唱えられているのである。

 たとえば、議会を運営する際、国民の同胞意識、国民同士の信頼感が醸成されていなければ、そもそも、共通の問題意識に基づく政治的議論をすることは不可能である。自身の利害には無関係な貧困層の撲滅や格差是正などの問題の解決を図ろうとしても、同胞が苦しんでいるから助けたいという意識がなければ成り立たない。

 現在でも、日本ではナショナリズム、愛国心はデモクラシーと敵対するものだ、という思潮が強いが、これはネーション(集合体としての国民)という枠組みがもつ意義について深く理解できていない言説だろう。

 そして、そのデモクラシーに不可欠な同胞意識、連帯意識は各自がもつ「共通の特徴」に由来する。具体的には同じ宗教や人種などが連帯意識を生むが、何より共通の言語というものがなければ、同胞意識は成立しえない。

 ヨーロッパのベルギーにはフラマン語圏、ワロン語圏、ドイツ語圏という3つの言語を話す地域が存在する。ベルギーは建国以来、異なる言語を話す国民同士がいかに連帯するべきか、という問題に苦心してきた。ベルギーが連邦制を採用している理由は、言語圏住民間の対立が激しく、中央集権制では国家の統一が困難であったからである。

 しかし、ベルギーは連邦制を採用した新憲法を制定した1993年以後も、政治的混乱がたびたび発生している。2010年の総選挙の際は、言語圏間の対立が激化し、540日以上にわたり、組閣が実施されないという異常事態が発生した。このベルギーの事例は、統一的な国語を有さない国家を運営することがいかに困難であるかを示している。

 今後、日本においてもデモクラシーを維持していくためには、じつは国語である日本語の伝統の保守こそがもっとも大切なことなのである。

 そのために、先ほども述べたように、国語教育に力を入れ、深い教養を兼ね備えた「良き日本人」を育成する必要があるだろう。

 しかし、主権者教育とその議論をめぐってはそういった論点がほとんど挙げられていない。このことはきわめて不可解である。