リオデジャネイロ開催が決まったのは2009年10月のIOC総会。最後まで争ったのはスペインのマドリード。他に東京、シカゴも立候補していたが、最初の投票で敗れている。

 南半球でオリンピックが開催されるのは、1956年メルボルン、2000年シドニーに続き3度目。南アメリカ大陸で開催されるのは史上初めてだ。今となっては、リオデジャネイロを五輪の舞台に選んだことにIOCは忸怩たる思いではないだろうか。

デモ行進をするリオデジャネイロ州立大学の職員や学生ら。同校では職員に給料が払われておらず、4カ月間授業がストップしている。後ろは開閉会式とサッカー会場のマラカナン競技場、右奥はバレーボール会場のマラカナンジーニョ=7月7日、ブラジル・リオデジャネイロ
デモ行進をするリオデジャネイロ州立大学の職員や学生ら。同校では職員に給料が払われておらず、4カ月間授業がストップしている。後ろは開閉会式とサッカー会場のマラカナン競技場、右奥はバレーボール会場のマラカナンジーニョ=7月7日、ブラジル・リオデジャネイロ
 普通に考えたら、経済力や利便性などの面で圧倒的に有利ではないかと思われる東京とシカゴが真っ先に落ちていることが、当時の空気を感じさせる。2009年秋といえば、リーマンショックの1年後。先進国が大きな打撃を受けて先行き不透明な中、ブラジルなどの新興国への期待が高まっていた。2年前には2014年サッカーワールドカップのブラジル開催も決まっていた。開催地がヨーロッパやアメリカに偏ることへの懸念からFIFAがアフリカそして南米での開催を積極的に進めた背景もあってのブラジル開催決定だった。

 商業化が進む中で、オリンピックもまたヨーロッパやアメリカに偏っていた中で、オリンピックの世界的イメージやバランスを取る上で「リオデジャネイロ五輪」はとても有効な選択だったのだ。しかし、世界経済は、そのような希望的な展望通りには推移しなかった。中国不安から始まった世界的な株安はとくに新興国に打撃を与えたといわれ、中でもブラジルの低迷が際立った。ブラジルの通貨レアルは昨年の前半わずか半年の間で約20パーセントも下落した。その意味では、リオを選んだIOCを非難することもできない。

 ただもし疑問を呈するならば、巨大ビジネスとなったオリンピック開催で、IOCは桁外れの利益を得るようになった。主に協賛金、放映権料、商品化権収入等々だが、各大会の主催者との関係に大きな変化はない。商業化によって、開催都市も税金に頼るのでなく、独立採算が可能になった。だが、今回の事態に直面すれば、基本的な大会開催にかかる費用の内、例えば警備にかかる予算、安全対策費などは、IOCが主体的に負担する方向性も検討して良いのではないだろうか。コンビニのフランチャイズと本部の関係のようなもので、本部がすべきことが以前に比べて多くなっていると思うが相変わらずオリンピックの本部は「口は出すがお金は出さない」「認可する立場であって、共同経営者ではない」という立場を変えていないように見える。

 先週5日には、アルゼンチンのオリンピック委員会会長が「50パーセントの可能性で(サッカー男子)代表チームはリオ五輪に出場しない」とラジオで発言したニュースが日本にも伝えられ、ショッキングな印象を与えた。これはアルゼンチンの事情ではあるが、ゴルフ同様、オリンピックより重要視されているユーロ(ヨーロッパ選手権)やコパアメリカ(旧称南米選手権)が開催される同じ年のオリンピック代表に人材を確保することが容易でないことを示している。幸い翌日には急遽決まった監督と18人の代表選手が発表され、アルゼンチン代表もリオ五輪参加の方向のようだ。

 「オリンピックこそ世界のスポーツ界で最高の祭典」と自画自賛するIOCの足元は、いろんな形で揺らいでいる。リオ五輪は様々なオリンピックの課題を浮き彫りにし、共有する歴史的な転換を促す大会になるのかもしれない。